過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

村上老師と歌舞伎に

「ああそうだ、池谷さん。券をもらったので、歌舞伎にいかんかね」と老師からお誘いを受けた。歌舞伎は高価なので、ぼくはいつも劇場の最上階、一番後ろにある「幕見席」だ。役者の顔などはっきりと見えない。
老師と行ったときには、舞台からわりと近い席で、役者の表情もよく見えた。立派な幕の内弁当もいただいた。老師はというと、いつもの大きなお弁当箱。玄米がぎっしり、そして大根の葉っぱ。「玄米は、ホオッとため息出るくらい満足する。自然にね。これ生命の 喜びなんよ」。よく噛んでおられた。
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老師は昭和十二年、高松生まれ。京都大学大学院で湯川秀樹博士の指導を受け原子物理学を研究。
名古屋大の後輩にはノーベル 賞を受賞した益川敏英さんがいる。
学生時代、村上さんと一緒に澤木興道老師の接心に参加していた亀岡さん(後に柏樹舎で仏教書を編集し樹心社を設立)からよく聞いた。
「澤木老師が説法をされる時、いつも、〝そうだのぉ、村上くん。そうだのう、村上くん〟と言われていた。澤木老師は、若き村上さんに大きな期待を寄せていたのが、手に取るようにわかった」と言っていた。
そして、村上さんは「ほんとうの仏道を極めたい」と出家してしまった。親は立派な学者になるものと思っていたので愕然とする。以来、一所不住の暮らしだ。
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歌舞伎の帰りに喫茶店でしばし雑談。Evernoteを整理していたら、その時の話のメモが出てきた。こんな話しだった。

坐禅の波動というのは、物理的空間を離れていても、あらゆるものに、その魂を直撃する、 地球の裏側まで。
和算はすごい。関孝和とか、知ってますか。いや、まったくわかりません。それはざんねん。池谷さんが数学やったら無敵なのになぁ。
湯川秀樹先生は「人の真似をするな、自分しかできないことをやれ」とよく言われた。
オイラー数の発見。日本で新しい暦。坂田理論。クォーク電荷
1が2になり、2が3になる。それで万物ができる。
アイソスピン。中谷宇吉郎。天はサイコロを好まない。アインシュタイン。局所場理論。入れ物、量子力学。ヒックス粒子。パウリ。ハイゼンベルグ。非ベクトル空間。パスカル。三角形の内角180度の証明。では、二角形が存在しないのはどうやって証明した らいいのかと考えた。リーマン幾何学。……などという話が、次々と出てくる。さすがに、私には全く理解できない。はあ、はあと頷くばかり。
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パソコンのファイルを整理していたら、老師のお経の声が出てきた。
はじめに天と地と、諸仏、神々、聖霊、あらゆるものたちに祈りと感謝を捧げる。その響きがすごい。 一緒にお経を読ませていただいたことがある。尋常なお経の読み方じゃない。
「まさにそのとおりだ」「そのとおりだ」と全身全霊で確認しな がら、納得しながら読んでおられた。内容を理解して、心から納得、あるいは宣言として読んでおられた。こういうお経の読み方ってあるんだぁ、と驚きだった。
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松崎で自然農法をされている松尾さんから老師の遺品として、いつもさげていた布製の袋もいただいた。その灰色の布地を見て、老師は作務衣など自ら薄墨で染めていたことを思い出した。袈裟も縫っておられた。曹洞宗にあっては、袈裟はきわめた大切なもの。道元禅師は袈裟を「釈尊の皮肉骨髄」であり、「仏身・仏心」と云う。
老師が亡くなられて、ちょうど一年になる。

いま村上老師の追悼特集『サンガジャパンプラスVol.3』の校正ゲラを見ているところ。