檀家をやめる(2)
「もう墓参りはしません。檀家をやめます」
彼は菩提寺にそういった。すると、お寺は、
「墓は必要ないというなら、ちゃんと魂抜きをやってもらわないと困る」と。
「それはあなたの信仰の問題であって、こちらはそんな必要はありません」彼は言った。
そうやって、檀家をやめた友人がいる。
「でもさあ、先祖の遺骨があるでしょう。骨壷は持ちかえったの。それから墓はどうしたの。どうやって処分したの」
そう聞くと、「遺骨もそのまま放置ですよ」と。
「うわっ。それはあまりにすごいね。しかし、お寺が困るよね」
「それはお寺の問題なんだと思いますよ。よく、墓地の改装ということで、無縁墓の処分の告知が新聞にあるでしょう。あれとおんなじで、墓参りに来なくなって、子孫もわからないときは、お寺が処分することになっているですよね。だから、あとはお寺の問題なんですよ」そう友人は言った。
なるほどなあ、そういう思い切った過激なことも可能なんだ。すこし驚いた。
まあ、かれの場合には、都会に暮らしているので、その菩提寺とは近い距離にあるわけではない。
これが、地方で暮らし、あるいは山里に暮らすとなると、そうはいかない。集落のみんなが檀家だったり、和尚とよく顔を合わせたりするわけだから。
そうなると、やはり、いやいやでも菩提寺と付き合わざるを得なくなるわけだ。ある集落から、困った、困ったという声も、よく聞いたりする。