過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

無所有生活

モノがたくさんあって荷が重い、ということから、無所有の生活の話に。▲ヤマギシで、生活している知り合いがいる。ヤマギシは、いわば原始共産社会、無所有の共同生活をしている。

彼は、浄土宗の寺の家に生まれた。そのまま寺を継ぐことに躊躇があり、禅の師匠を求めてアメリカにわたった。しかし、真の師匠には出会うことはなかった。▲そんなとき、ヤマギシを知った。彼らの「無所有」の生き方に触れたとき、坊さんの・出家の身でありながら、いかにたくさんの所有物があるかと、気がついた。財産がある。家族がある。寺がある。土地も家も車もある。いったいこれで「出家」といえるだろうか……。▲もとより法然も、親鸞も、一遍も、みんな持ち物などなかった。なにより、お釈迦さまがそうだった、と。

ヤマギシの生活にこそ、ほんとうの出家があるんじゃないか」。そうして、かれは寺から、ヤマギシにほんとうに「出家」したのだった。▲「持ち物といえば、風呂敷に収まるだけのものしかない」と、彼は言う。「わたしのもの」といえるのは、歯ブラシと、下着、手ぬぐいくらいのようだ。▲オウムに出家したことのある知人も、言っていた。あの出家生活の、なんの持ち物もない生活、──あのときほど安心して、心配のない日々はなかった、と。「無所有」の生き方の安心、というところか。

インドを旅すると、まったくの無所有生活をしている遊行者によく出会う。その数、何百万人もいるんじゃなかろうか。寝るのは樹の下、持ち物は衣と杖くらい。▲インドではそうした遊行者は尊敬される。お金持ちはすすんで布施をする。そうした社会だから無所有生活が可能なのだが。

『ダンマパダ』に、こういうことばがあった。▲「わたしは雨期にはここに住もう。冬と夏にはここに住もう」と愚者はこのようにくよくよと慮って、死が迫っているのに気がつかない。」(286) 「子どもや家畜のことに気を奪われて心がそれに執著している人を、死はさらって行く。——眠っている村を大洪水が押し流すように。」(287)