過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

靖国に参拝した日

靖国に参拝した日。国威発揚のパフォーマンスに違和感が。静かに戦争で亡くなった方たちの鎮魂の場、平和を願う祈りの場という靖国であればいいなあと感じた。〉

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3年前の今日、九段下の坂道を歩いて靖国神社に参拝した。長い行列について参拝させていただいた。▲参拝者は、70~80代のお年寄りが多かった。ものすごく暑い。境内には座る場所も少ないし、椅子もほとんど置いてない。お年寄りにはきつい。テントを張って日陰をつくるなり、お茶を出するなり、お年寄りが安らぐ場、お年寄りにやさしい場であってほしいな。 

靖国神社は、民間人で亡くなった人、空襲や原爆で亡くなった人をまつってはいない。「皇軍兵士」として、「お国のため」に戦争に行って亡くなった兵士だけを祀っている。▲人間魚雷・回天に乗っていた方がおられたので話を聞いた。当時18歳。いま86歳。敗戦からもう70年近く。戦争に行って生きておられる方々は、みな80を過ぎて90近くになっている。そういう方たちから、戦争体験をじかに聞いていきたいものだ。亡くなってしまったら、もう聞けないからね。

境内には、日章旗を掲げている人、陸軍兵士の格好をして歩く老人、突撃ラッパを響かせて行進する若者、特効服を着た者たちが次々と現れる。右翼の街宣車は横付け。戦没者の鎮魂のためというよりも、なにか軍国日本の発揚みたいなパフォーマンスに違和感があった。▲戦争で亡くなった方たちの鎮魂の場、平和を願う祈りの場という靖国であればいいなあと感じた。