過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

戦死した者は、鎮魂の必要はない。そのまま神とした。

〈戦死した者は、鎮魂の必要はない。33年間を経なくても、即座に英霊となって靖国神社に祀られるとした。〉

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靖国神社は、戦死した英霊がまつられている。ご祭神は「英霊」である。英霊というと、「皇軍兵士」として、「お国のため」に亡くなった人をいう。▲いったいどういう考えで、戦争で亡くなった人が「神」となってまつられるのであろうか。

神道の考えでは、死んだばかりの人間は、荒霊(あらみたま)である。祟る存在であり、ケガレ(気枯れ、穢れ)を及ぼす。そのため、鎮魂しなくてはならない。▲長い年月によって鎮魂されると、荒霊はやがて和霊(にぎみたま)となる。その期間は、およそ33年かかるとされた。和霊となることで、霊格があがり神となる。そして、氏神とか祖霊となり、先祖を護る。

問題は、戦死者の鎮魂はどうするのか、ということだ。かれらは銃で打たれ、爆破され、船の沈没、病ゆ飢餓で亡くなっている。それは、けっして平穏な死ではない。そのままでは、〈荒霊〉で祟る存在である。そうすると、おびただしい数の〈荒霊〉ばかりの国となる。▲それでは、士気が上がらない。遺族に気の毒だ。そこで、戦死者は〈英霊〉となったのだ。神となって、日本国を、大和民族を守ってくださるのである。▲戦死した者は、鎮魂の必要はない。33年間を経なくても、「即座」に〈英霊〉となって靖国神社に祀られる。あるいは、靖国神社に祀られることで英霊になる。▲それらの死霊は、集合霊として大和魂となって、護国の神となる。そういう考えがもとになって靖国神社があるのだろう。

皇軍兵士として亡くなった人は神になるとして、では民間人はどうなのか。空襲で亡くなった人たち、原爆でなくなった人たち、沖縄の人たち、かれらは鎮魂されたのかどうか。▲そのあたりの理屈づけは、されていないように思う。そこで、戦後、多くの被災者を供養しなくてはならない、ということで、霊友会などの新興宗教が先祖供養を中心として、弘まったともいえようか。