過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

〈楽しい〉か〈ためになる〉か

村おこしに頑張っても、けっして人は寄ってこない。いま必要だからとか、正しいとか、たいせつとかいったって、人は関心を寄せない、集まらない。人が集まるのは、〈楽しい〉か〈ためになる〉か、だと思う。〈楽しく〉て〈ためになる〉ことであれば、人は集まる。

まあ、すくなくとも〈楽しい〉〈おもしろい〉はたいせつ。そうして、なにより自分が楽しいことがもっともたいせつ。みんなのためになるとか、正しいことをしているんだとかいっても、自分自身が楽しんでなければ、疲弊するばかり。いつか歪んでくる。

自分が楽しいことをする、すると、人が寄ってくる。手伝ってくれる。輪ができる。そういう循環になっていくんだろう。そのためには、楽しくないことは、しない。嫌なことはしない。疲れることはしない。もしも、楽しくなかったら、どうする。いかに楽しくなるのか、あれこれと工夫するってことになる。