過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【歴史との最初の出会い】2026.6.12

【歴史との最初の出会い】2026.6.12

今の時代は外国人の移民が増えてきて、日常的に外国人の友人が増えてきた。

先日はベトナム人の友人が見舞いに来てくれた。先週はペルー人の友人が訪れてきた。インドネシアの友人も見舞いに来るという。夏に川に行くとブラジル人がたくさん泳いでいた。また、スリランカのスマナサーラ老は私の仏教の先生である。

子供の頃は日本にいる人はみんな日本人だと思っていた。外国人といえばたまに出会う西洋人くらいかと思っていた。

小学5年生の時のことだ。当時は2人で1つの机だった。

隣の女の子と話したことを覚えている。金星(かねほし)さんといった。運動神経がとてもよく、かけっこがずば抜けて速い、活発な女の子だった。

その子がこんなことを言った。

「私の国は北朝鮮なの」。

え、どういうこと?意味が分からなかった。

北朝鮮に国籍があって、日本人じゃないんだという。そして北朝鮮には親戚がいるという。

「生活が苦しいから毛布を送ってほしい」「文房具を送ってほしい」。いろんなものを求める手紙が来るのだという。

私には、「同じ顔をした日本語を喋る日本人なのに、日本人じゃないってどういうことだろう」と。意味が分からなかった。

北朝鮮という国がどこにあるかは地図で分かっていたけれども、どんな暮らしをしているのかは全く知らない。それが在日朝鮮人との出会いであった。

彼女とは同じ中学に行き、また同じクラスになった。

入学して初めて担任の先生がやってくる。自己紹介をする。そして「皆さんは日本人ですよね」と笑いを取るような話を向けた。

すると彼女は1人手をあげて立ちあがって「私の国は北朝鮮です」と言っていた。すごいな、勇気があるなと驚いたことを覚えてる。

彼女は、自分のルーツを背負いながら学校生活を送っていたのだった。その重さはほとんど理解できない私であった。

歴史は教科書の中や遠い国や過去だけにあるのではなく、同じ机を並べた少女の中にあった。