【あくまで体験と観察と気づき】2026.6.3
Facebookの投稿は、自身の体験、観察、気づきを書いています。
できるだけ客観的に、高解像度で記録していこうとしています。
何かを伝えたいとか共感してもらいたいとか、助言とか同情とか求めているわけではありません。
それは同情や教訓や心配や励まし、慰めが来ると、なかなか鬱陶しいものですよ。特に発言する人が「善意」であるだけにね。
中にはありがたい助言もありますが、基本的に同じ病とか似たような状況の人でないと、的外れで受け取るのにエネルギーがいります。
「ならば書かなければいいんじゃないか」と言われるかもしれませんが、自分のために今の生き方を表現していく試みなんですね。それが軸です。
なかなか助言というのは難しいです。
相手の状況が分かっていないことがほとんどでしょうから。
交通事故の処理をどうしようとか、土地の境界線争いをどうしようとか、手続きをどうしようといったときには役に立つこともありますが、そういうのは今の時代、AIが一番的確です。
ということで、苦しい身体的状況に対しての助言は、あんまりありがたくないんですね。水虫とかダイエットとか気分転換の助言とは別次元なんですね。
自分の今の状況を分かってもらおうとして、的確に表現するのはなかなか難しい。
「息が苦しい」と書いても伝わらない。まあ極端ですが、ガムテープで鼻と口を塞いで歩いてみれば分かると思いますが、そういう状態に近いかもしれません。
近ごろは政治がどうのとか、仏教がどうのとか、概念の話はあんまり投稿しないようにしています。
そういう話は自分のことではないので、語っていて楽ではありますが、自分のこととなると、色々とコメントが厄介なんです。
まあ、こういうことも気づきの体験にはなりますが。
ともあれ、今は自分の体験を、自分の気づきを、身体の観察を書こうとしているわけです。
まあ、差し障りのないところで、鳥が鳴いたとか、鹿がどうしたとか。宗教はどうのという投稿に戻るかもしれませんけど。