【毎日工夫と探求だなあ】2026.5.22
日本が劣等国という時代、やがて日の昇る勢いで経済的に世界に君臨しそうな時代を体験した。そして、まさにどんどん凋落していく時代にいる。
小学生の頃は、日本はダメだとみな思っていた。舶来品がすごい、外国製はすごい。特にアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ——白人社会のものはレベルが高いと思っていた。
そして高度経済成長を続けていく。そして東京オリンピック。私が小学校の頃だ。テレビ、冷蔵庫、洗濯機、やがてエアコンとクルマ。
高校の頃、友人の家に「ジョニー・ウォーカー黒ラベル」があって、すごいという話をした覚えがある。まだ円安の時代で、ジョニ黒やオールドパーが最高級品だと誰もが信じていた時代であった。
30代半ばから40代半ばごろ——この間にバブル経済が一気に進んだ。土地や不動産がものすごく高騰していった。躍起になって土地探しをしていた時代であった。
当時、会社の株式の事務をしていたので、株の動きは毎日気にしていた。財務部では毎日のように株式投資の話で盛り上がっていた。ダウがいくら上がったとか、株を買っていくら儲けたという話をよくしていた。
日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称えられ、フォーチュン500の上位を日本企業が席巻するような時代を迎えた。ロックフェラーセンターを買うという勢いだった。
大学生を連れてインドにボランティアに行くと、「世界一の金持ちの国の学生が最貧国にボランティアに来た」と言われた。
友人の勤めていた会社は、霊的なリーダーのもとで、ハリウッドのハードとソフトを信州の田舎に誘致し、巨大なアニメーションの制作拠点を作ると言っていた。
「日本がすごい」「日本は特別な国だ、神の国だ」という意識が世間に満ちあふれていた。ニューエイジが盛んで、チャネリングブームから、やがて終末論ブームまで起きていた。
しかし、バブルが崩壊した。
日本興業銀行や長銀が破綻し、山一證券が倒産した。友人が勤めていた会社のスポンサーは興銀から莫大な融資を受けていたが、その人物が破産したことで、興銀も破綻へ向かった。
それから30年、ずっと低迷が続いている。銀行の破綻に続き、日立もダメになり、東芝もダメになり、ソニーも凋落し、松下(パナソニック)の名も聞かなくなった。残ったのはトヨタぐらいか。
そうして今や低迷して劣等国なのが当たり前だという時代になった。
「日本はどうしようもなくダメになっていく」という脱力感や無力感に覆われる時代を生きている。
このまま戦争が継続したり、あるいは日本が戦争に巻き込まれるようになるかもしれない。ますます食っていくのが精一杯で、なんとか生きるだけでせいぜいという感じになってきている。
だが、物事には両面がある。すごいといってもすごくなくなる。ダメだと言っても、実はすごいかもしれない。
いいがダメ、ダメがいい。捉え方によって世界は反転する。
こうして寝たきりになっても、「何をしたいか」は、いろいろと頭に浮かぶ。けれども、結局は身体的に何もできない。
ただ、だからといって迷うということはない。もう「できない」。「無理だ」と諦めるだけだ。妄想の余韻は楽しむけれど。
いまはさまざまな「知」を楽しむしかない。そういう暮らしになっている。毎日工夫と探求だなあ。73歳になった。