「つぶやき 文章術」の断片を書いている。序章に入れるか、書くことの効果という項目に入れるか。
【光が見えない中を書いていく】2026.5.6
年をとり、寝たきりになると、「生きていこう」という意欲が、なかなか湧いてこないこともある。
むしろ、「もうこれでいい」と思ってしまうこともある。
強がる必要はない。そのままでいい。
それでも、「生きていこう」という意欲が、自分を引っ張っていくのも確かだ。
その力のひとつは、「知的好奇心」だろう。
知りたいということ。自分のことを知ろうとすること。
それが力になるのではないか。
ダメだ、無力だ。
そのダメを文章にしていく。無力を文章にしていく。
どんなふうにダメなのか。それはどこから来るのか。
そこから見えてくるものがあるかもしれない。
いまの無力な状態を許すことが、次のステップへの土台になっていくのかもしれない。
外の世界に向かうことだけが、好奇心ではない。
自分のことを知ろうとすること。
どんなふうにダメなのか、それはどこから来るのか。
それこそが知的好奇心であり、内なるエネルギーになり得るのかもしれない。
∷∷∷
暗闇の中でも、ただ書き続ける。
その淡々とした営みそのものが、「生きようとする意志」になっているのかもしれない。
今の自分を確かめていくうちに、やがて手応えが出てくる。
ときに、光が見えてくることもあるかもしれない。
しかし、それを期待して書くのではない。
光が見えないままに書き続けている。
いまの自分には、それしかできないからだ。
自分の生命をつなぎとめる、「命綱」のようなもの。
無力さをそのまま言葉にしていく、その過程自体が、かすかでも確かな手応えを与えてくれる。
∷∷∷
まあこうして書いてみて、書くことで達成感が湧いてくる。満足感がある。 「次はもっとこうしよう」という意欲が出てくる 。それが一つの光 かもしれない。
つまり 現状よりも少しでもマシになっていけばいい。 ちょっとでも工夫して良くなっていけばいい。人生はそんなことの繰り返しかな 。
そのための、つぶやき文章術である。
生きるための、生きていこうとするための文章術である。