過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【寝たきり 文章術 序文】2026.5.5

「寝たきり 文章術」の執筆がしばし 停滞していた。今日から再開。

まずは序文の 叩き台。

足し算でいっぱい書けるけれども 、何を捨てるか 何を書かないか、引き算が難しい。

【寝たきり 文章術 序文】2026.5.5

寝たきりの日々はつらい。寝たきりだから、ほとんど何もできない。トイレに行くのもやっとで、それすらおぼつかない。

散歩する元気もなく、身体は鬱屈し、心も暗くなってくる。訪ねてくる人も少なく、一日中、孤独の中で暮らしている。どうしても気持ちは沈みがちになる。

病気が良くなるという保証はない。不可逆性――もう元には戻らないのだ。悪くなっていくのを、少しでも食い止めるしかない。

そういう状況だから、「前向きに生きる」というのは簡単なことではない。

こうして寝たきりになって半年ほどになるが、それでもなんとか大きく落ち込まずに生きてこられている。

落ち込まずにいられる理由は、知的好奇心が失われていないことだと思う。

一つは、文章を書くことを日課にしていることだ。日常の些細なこと、社会問題、自分の人生経験や思い出などを含めて、1日1本はエッセイにしている。そしてそれをFacebookやXに投稿している。読者からの反応もあり、それが手応えとなり、喜びにつながっている。

文章は、もちろん手書きではない。パソコンも使わない。パソコンに向かう体力がないからだ。ベッドの上でノートパソコンを開いても、すぐに背中が疲れてしまう。

そこで、スマホに向かって音声入力で書いている。スマホは片手で持てるし、寝転んだままでも使える。布団の中でスマホを手に取り、つぶやくようにして文章を作っている。

それをAIに校正してもらい、感想を聞き、さらに文章を練り上げる。そして毎日、Facebookやブログで発表している。読者とのやり取りも活発に行われる。

二つ目は、ラジオである。スマホでNHKラジオの「聞き逃し配信」にもアクセスしている。

それでラジオ深夜便、ドラマ、朗読、クラシック、ジャズ、ポップス――ほとんど一日中、聴いている。

三つ目は、AIとの問答だ。スマホでAI アクセスして、毎日、幾度となく AI と 問答を交わしている。

ブルースやジャズ、ロックの歴史、江戸時代の町民の暮らし、落語の歴史、仏教の輪廻や転生の話など、さまざまなことを問いかけている。

正確な答えを求めるというよりも AI を 壁打ちの相手、問答の相手として新しい視点 にたつこと、問題意識の掘り下げをしている。

AI との問答は「Obsidian」というアプリに保存している。このアプリは検索が非常に速く、いつでも必要なデータを呼び出すことができる。

というわけで 寝たきりでありながらも 、知的生産活動は十分可能である。身体は制限されて不自由であっても 思考や思想や感性の世界は広がっていくことができる。まさに 芭蕉の「旅に 病んでは夢は枯野を駆けめぐる 」である。

この本は「寝たきりの知的生産の楽しみ方入門」といった内容になっている。とりわけ、「つぶやき文章術」として、音声入力で文章を作ることに重点を置いている。