過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【分類の呪縛からの解放 「時系列」という最強のインデックス】2026.4.28

 

【分類の呪縛からの解放 「時系列」という最強のインデックス】2026.4.28

調べ物をしたり、AIと問答したログをコピーペーストして保存するようにしている。  

何しろ 寝たきりだからね 。知的好奇心だけは衰えてはいないようだ。

そしてできることは、ひらめきを文章にして保存しておくことくらいなのだ。

書くのはPixelに向かっての音声入力である。

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近頃は毎日落語を何本か聴く。あらすじとか、聴きどころとか、ポイントを書いて落語ファイルに入れておく。

近代音楽史も調べている。アメリカの奴隷制から生まれたブルース、ジャズ、そしてロックへと発展していく流れ。さらにはビートルズ、そしてヒップホップ・ラップへと繋がる流れ——そういった音楽史を調べてまとめていく。

仏教史はずっと趣味である。法華経成立史とか日蓮本仏論に至る流れとか、思いついたことをまとめていく。

瞑想体験やこころの観察記録をつけている。闘病日記、暮らしの日記とか、自分の怪談体験とか、こうすればよかったなあという反省日記とか——そういったものを書き貯めている。

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それらはバラバラだ。整理したいもの。

しばらくは、ファイルで保存してフォルダーに分けて、タグをつけたりしていた。

しかし、あとで探すのに苦労していた。また保存する時に「どのフォルダに入れたらいいか」迷うことが多い。やがて、どこに何があるかわからなくなってくる。

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1ヶ月前からObsidianというアプリを使い始めた。今はそこに全部入れることにした。

検索が爆速なので、フォルダーで管理することはやめて、「検索でファイルを見つければいい」ということにした。

「整理しないで検索する」を保管の原理にしたのである。

とは言うものの、全く放置では困る。何らかの「整理の基軸」が必要だ。

「自分で書いたもの」と「他から情報を集めたもの」という区別もある。

しかしそれも境界が曖昧で、他から情報を集めたものの上に自分で書き加えたりしているので、厳密には区分けできない。

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ではどうやって整理するか。

頼るのは、人間の記憶そのものだ。そして人間の記憶で一番確かなのは「時系列記憶」である。

それで今トライしているのは、「時系列管理」である。

まず「1日1フォルダー」をつくる。毎日その日のフォルダーを作っておいて、そこに落語・音楽史・仏教史・闘病日記・仕事・健康など、バラバラのものをファイルとして入れておく。 

後で検索すれば、すぐに出てくるので、テーマ別にフォルダは作らない。

ファイル同士の直接の関連性はなくても、何となく繋がりが見えてくる。

その日に調べたり書いたりしたことは何となく記憶にあるので、「あのとき調べた、こんなことを書いた」と手がかりが浮かんでくる。

そして、人間の記憶で一番確かなのは「時系列記憶」だ。

「空間記憶」(どのフォルダーか)は頼りないが、「あれはあの時期より前に書いた」「後に書いた」という記憶ははっきりしている。その時系列の感覚で、なんとなく見当がつく。

どこに置いたのかはすぐ忘れて 探し物に苦労するけれども、「この書類は 確か あれよりも後だとか先だ」とか言うのは割とよく覚えているものだ。なので この時系列 記憶を基軸にするわけだ。

こういうやり方だと、情報を集めたり、AIとの問答のログを保存したり、適当につぶやきを書き留めたりした時の「保存場所」が確定しているわけで、気持ち的にはかなり楽である。

時系列に並べておくというこの保存方法は、この人生で初めてのやり方である。

これが可能なのは、Obsidianという検索が爆速のアプリがあったればこそである。

整理にエネルギーを注ぐよりも 書くことにエネルギーを注ごう、勢いを大事にしようとしているわけだ。

——そのための仕組みである。しばらく進めてみる。