過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【ハルシネーションを越えて――文章の「伴走者」としてのAI】2026.4.17

【ハルシネーションを越えて――文章の「伴走者」としてのAI】2026.4.17

​AIが間違いを犯すこと、いわゆる「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」については、よく指摘される。

それはAIに正確な事実情報を求めた際に生じる問題であり、確かに注意を払わなければならない。

しかし、正確な情報の抽出だけに特化してAIを評価するのは、一面的だ。

​私の場合、AIを単なる「検索エンジン」ではなく、文章作りの強力なサポート役、すなわち「伴走者」として活用している。

​具体的には、自身の執筆した文章を一つの「取材素材」として提示する。

そこからどのようにブラッシュアップすべきか、論理的な飛躍はないか、どうすれば自分独自の持ち味をさらに引き出せるか。

こうした観点からAI に感想を求める。

AIに文章を「直させる」のではなく、AIとの対話を通じて「自分の良さを引き出す」というアプローチだ。 

​こうした対話において、AIは驚くほど的確な助言を返してくれる。

情報を鵜呑みにするのではなく、自身の思考を深めるための「鏡」としてAIを使う。

自分が書いた下書きはあくまで「素材」であり、それを調理するのは自分自身だ。AIはその調理法を共に検討してくれるシェフのような存在といえる。

​さらに「あえて自分と反対の意見を提示してほしい」とAIに依頼すれば、論理の穴が見えるだけでなく、文章に多角的な深みが生まれる。

すなわち、AIを「情報のツール」から「思考のツール」へと転換させることで、執筆の地平は広がっていく。