過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【八雲の「怪談」山桜と幽霊】2026.4.15

【八雲の「怪談」山桜と幽霊】2026.4.15

​ラジオを聴いている。NHKの「朗読の時間」で小泉八雲の『怪談』を放送している。

​八雲の作品は、物語の終わり方が「ストン」と落ちるのがいい。まるで落語の「オチ」のようで、その先どうなったのだろうと思わせる。読者を置き去りにするような突き放し方が効果的だ。

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​例えば「むじな(のっぺらぼう)」の話。のっぺらぼうに遭遇して驚き、必死で逃げた男が、ようやく見つけた蕎麦屋の屋台へ駆け込む。

「大変だ、こんなに怖い化け物に会ったんだ」と訴えると、蕎麦屋の親父が「それは、こんな顔でしたかね」と振り向く。その顔もまた、のっぺらぼうだった……。物語はそこで幕を閉じる。

​「雪女」もそうだ。

命を助けてもらう代わりに「この出来事を誰かに言ったら、お前の命はない」と口止めされた若者。

やがて男は、美しく気立ての良い娘を妻に迎え、十人の子供に恵まれて幸せな家庭を築く。

ところがある日、ふとした拍子に妻へ「そういえば、昔こんなことがあった」と雪女の話をしてしまう。

すると、美しい妻は静かに俯き、「その女は私です。あなたは約束を破りましたね」と告げる。

子供たちのために命までは取らないが、私はもう去っていく――。そう言い残して姿を消してしまうところで終わる。

​ショートショートのような構成、その後の主人公がどうなったかを説明せず、読者を「わっ、どうなるんだろう」という余韻の中に残す手法は、見事である。

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​そんなことを考えていたら、ちょうど50年近く前の出来事を思い出した。

山陰地方 担当していた 私は仕事で鳥取の米子の代理店の展示会に出かけた。 鳥取の山里に宿を取った。 ちょうど 山桜 が美しい季節で森の中に一人で散歩したのだった。

​季節はちょうど今ぐらい。山桜が美しく咲き誇るのを眺めながら歩いていた。すると滝を見つけた。その雄大な滝と山桜の風景にひどく感動した。

あたりには誰もいない。そしてもう薄暗くなっていた。

ふと滝の説明が書かれた看板を見かけた。そこには「龍王滝」という文字が。そして、幽霊滝と書かれていた。

​まず「幽霊滝」という名前が怖い。 そして内容がさらに 怖かった。 

ざっと読んだら鳥肌が立った。

そこには、小泉八雲の『怪談』にまつわる物語が記されていた。 

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その物語とは、次のようなものだ。

​ある時、女たちが度胸試しをしようと「真夜中にあの幽霊滝に行って帰ってきたら、みんなでお礼(褒美)をしよう」という話になった。行った証拠として、滝にある賽銭箱を持ってこなければならない。

赤ん坊をおんぶした一人の若い母親が「私が行く」と名乗りを上げ、真夜中に一人で滝へと向かった。

滝にたどり着き、賽銭箱に手をかけると、「置いてけ、置いてけ」という不気味な声が聞こえる。それでも女は賽銭箱を掴み、必死の思いで逃げ帰ってきた。

​集まっていた女たちの元へ賽銭箱を届け、「ほら、行ってきたよ」と誇らしげ言う。皆が喝采の声をあげた。

「坊やも大変だったわね。おっぱいもらいましょうね」

一人の女が手を貸すと、ねんねこ半纏がぐっしょりと濡れている。

「あれま、どうしたのかしら」と半纏を開くと、背負っていた赤ん坊には、首がなかった……。濡れていたのは血だったのだ。

​物語はそこで終わる。

さあこの後どうなるんだ、という恐怖と強烈な印象を読み手に刻みつける。 

​森の中の山桜を見ると 、50年も前のこの時の恐怖体験が蘇る。