過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【死の呼吸②】2026.4.13

【死の呼吸②】2026.4.13

食欲がなかったけれど、炊き立てのご飯に梅干しで食べたくなった。

納豆がある。味噌汁もある。海苔でもあれば十分。納豆、梅干し、焼き海苔、味噌汁。

炊き立てのご飯があれば、これで十分だ。こってりした油っこいものは食べようという気が起きない。

こうした食事のことから死の呼吸まで 地続きの話になる。

友人の最後の見舞いのことを思い出した。30年以上前のことだ。彼女は食道がんで駒込病院で亡くなった。

大きな息を吸って大きな息を吐いて、休むことはなかった。その呼吸の大きな音は今でも覚えている。

今の私のような弱々しい呼吸ではない。「死ぬ間際というのは呼吸そのものなんだな」という観察だった。

彼女は食道がんだったので、肺は傷んでいなかった。だからたくさん息を吸って、たくさん息を吐くことができたのだろう。

私はといえば、空気を溜める肺胞の部分が硬くなって息を吸えない状態だ。しかもどこかから漏れている感じ。スカスカと。だから弱々しい息を、はあ、はあっとするしかないわけだ。

毎月1回の病院でレントゲンを撮る時、「大きく息を吸って」と言われると大きく吸えないので かなり 絶望感がある。

吸おうとすると激しく咳が出てくる。息をすること自体が、難行なのだ。

大きく息を吸える人も、私のように大きく息が吸えない者も、吸う息と吐く息をしっかりと観察していくといい。

私は、もはやほとんど弱々しい呼吸を観察するしかない。

それにしても、かつての私はインドのお経を2時間も3時間もぶっ通しで歌うことができた。デイサービスを経営している時には、1日30曲以上の昭和歌謡を歌っていたものだった。

声もよく響いていたし、呼吸については全く問題がなかった。

しかし肺などの臓器は一度壊れると、もう元には戻らない。まさに無常だね。無常だから諦めよ、ということだ。

そしてこの瞬間瞬間の生老病死のありようを、ひたすら観察するしかないということ。

それは修行して悟りを得ようとか、苦しみをなくそうということではなくて、ただ呼吸を観察するしかない。それしかできないということだ。

その先に何が起きるのか、どうなるのかは全くわからないし、期待もしていない。ただ、どうなるのかという観察だけは続けていく。