過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【体験の解像度を上げる】2026.4.4

【体験の解像度を上げる】2026.4.4

今の私にできるのは文章を書くことぐらいだから、文章を書くことにエネルギーを集中させている。

最近気がついたことは、「何かを説明しようとすることをやめよう」ということだ。いわゆる辞書的な形で説明はやめようかと。

説明しようとすると、——自分ではなくなる、というところかな。読者を信頼していない、というか。圧を与えるというか。

それはそれで大事なんだけど、そういう立ち位置で文章を書くと、あまりエネルギーが流れない、疲れるというか、頭を使うというか。

ところが、自分の生活実感・身体的実感でつかんだところをそのまま伝えると、辞書的な説明にはならない。それは疲れない。エネルギーが循環する。

自分がつかんだわけだから——分かってもらおうという立ち位置ではなく、自分が実感したんだ、それをそのまま伝えるだけ、というところ。

それは疲れないし、相手にも伝わりやすいのかもしれない。

その時に大事なことは、説明を入れようとしないで「体験の解像度を上げる」こと。

何々をした、何々を行った、こう考えている、というのではなくて、自分が行った体験を、リアリティを総動員して表せたら、というところ。

身体の感覚、温度、速度、息遣い、皮膚のざわつき、そういうものをできるだけ正確に新鮮に言語化することか。

この文章がそうなっているかどうかわからないが、いまはまあ思考の実況中継というところ。