過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【清里のカリスマ 知花敏彦さん】2026年2月2日

清里のカリスマ 知花敏彦さん】2026年2月2日


色々なスピリチュアルなリーダーを訪れたことがある。清里に知花敏彦(ちばなとしひこさんというカリスマがいた。清里のペンション「やすらぎの郷」で毎朝、毎晩、講話をされていた。
全国から参加者が集まった。朝晩、講話があった。講話を聞いてもお金はかからない。いつも50人〜100人くらいの参加者がいただろうか。ほとんどは中年の女性であった。清里の方に移住した人も多かった。
といって、特別な宗教団体や秘境グループを作っていた訳ではない。そこは自然で自由な集いであったと思う。
私も何度か話を聞きに行った。
話の内容だけでなく、霊的な力もすごいようだった。
これは友人の体験である。私は後でビデオで確認した。


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友人はオーストラリア人のスージーという、霊視能力とオーラリーディングのヒーラーを連れて、知花さんの講話に参加した。
その日はクリスマスイブの集いだったろうか。
知花さんは思いを込めてかなり深遠な話をされていた。
講話の最中、知花さんは聴衆の中にスージーを見かけると、壇上に招いた。
そして彼女ににこやかに「あそこにおられる方は?」と指さした。
壁の上の方を指さした。
スージーが「ん?」という顔をした。
すると知花さんは、もう少し上のほうを指さした。
壁の上の窓のあたりである。
彼女は、え?という表情をした。
そして少し間があって「おお、ジーザス・クライスト‼」と叫んだ。


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参加者は、そのスージーの驚きの声から、「そこにイエスがおられる」と思ったのだろう。「イエス様」と叫んで泣き叫ぶ人も現れた。
知花さんとスージーは初対面である。彼女に霊視能力があることなど、事前に知るよしもない。八百長でも何でもない。
それなのに、参加者の中から瞬時にスージーの力を見抜き、壇上に招いたわけだ。そして、「そこにイエスがおられる」ということを、彼女を通して皆に知らしめた。そういうことになる。
実際にイエスがそこにいたのかどうか、はわからない。
けれども、スージーを通して「イエスがおられる」と叫ばせたところがすごい。
そのイエスの霊的な出現は、知花さんが特殊な能力でトリッキーに見せたのかもしれない。スージーに錯覚させたのかもしれない。
ともあれ、「そう“体験させてしまう”力」があったのは確かである。
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私は実際に知花さんの霊的能力を、この目で見たことがある。
知花さんの言う「愛の力」は与える力であり、人を動かす力だった。そして実際に働く強い力でもあった。
知花さんは、聴衆から数人を呼び寄せて、「こういう風に愛の力があれば人が動きます。ほら、こんなに力があります」と言う。知花さんのハンドパワーで、押されて転んだりくるくる回ったりしていた。体に触れることもなく、その人たちを意のままに動かすことができた。


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だが、知花さんはそうした霊的で神秘的な能力は滅多に出さない人だった。売りにはしていなかった。
知花さんの教えの根底にあるのは、「人間は肉体ではなく、宇宙そのものである(普遍意識)」という視点だ。万物の根源はエネルギーであり、目に見える現象はすべてその現れであるとも説いていた。
多くの苦しみは「個としての自分(自我)」があると思い込んでいることから生じる。その執着を手放し、神性や宇宙意識に目覚めることを説いた。
そして、「愛の力は全てを救う」といった話をされていた。その具体的な力を示すために、霊的な力を表すことがあったわけだ。
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参加者のほとんどは、知花さんに心酔していた。
巨大なカリスマだから、場には宗教化していく力学がはたらく。
知花さんが愛はと聴衆に向かって問いかけるとみんなは与えますと答える。それが気持ち悪かった。
そうした1人のカリスマに対して、その威光にひれ伏すような宗教的な雰囲気は落ち着かない。居心地が悪い。
話を聞きながら、キョロキョロしていると、後ろの人から「ちゃんとしっかり前を向いて聞いてください」と注意された。「この不信心者」と映ったんだと思う。
以来、知花さんとはお会いしていないが、近頃、エネルギー研究所のヒーリング波動水などを人が勧めてくれたので思い出した。
知花さんは2009年、68歳で亡くなった。あの時代のスピリチュアルシーンを象徴する人物だった。今、清里は当時の繁栄はすでになく、過疎化している。