過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【身体という宇宙を一周する巡礼路】2026.1.25

【身体という宇宙を一周する巡礼路】2026.1.25

よく眠れない。冬の寒さ、起きると身体が苦しいこともあり、朝はなかなか起きられず布団の中にいる。昼前にやっと起き出すような状態だ。

寝ているのに起きられない。
今は冬なので布団が何枚も重なり、動きづらいのだが、朝から布団の中でいろいろと試しながら過ごしている。
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ヴィパッサナーの「呼吸への気づき」だけではなかなか続かない。

近頃は、自分でマッサージをしている。
体が「ここを押してほしい」「緩めてほしい」と求めてくるので、その部分を押したりさすったりする。
身体を、今まさに語りかけてくる生きているパートナーとして扱おうとしている。

いまここ、自分の探求という次元では、「呼吸の気づき」は究極だろう。
けれども「身体の感覚」というのも、今この瞬間の自分を繋ぎ止める「重り(アンカー)のような気がしている。

やり方はこうだ。

みぞおちを揉みほぐす、横隔膜を緩める、肋骨の裏側、大腸のあたり、丹田、おへその周り、腎臓の辺り、膝の裏、太ももの付け根、尾てい骨、仙骨、肩や鎖骨の下、首の付け根、足の裏や手のひら。

体全体を順にマッサージしている。喉の下や胸元など、とにかく様々な部位を。

そこにはツボがあるし、リンパも流れている。それを丁寧にほぐしていく。目の周りをぐるんぐるんと円を描くように動かしたり、上下に動かしたりもする。

膝の裏をぐっと押すのも気持ちがいい。高岡秀夫の「ゆる体操」もなかなか良い。
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気持ちよくて楽になるなら、これは良いことだと思っている。
セルフマッサージしていると、体のバランスが整うような気がする。

それは「身体全体を慈しむ儀式」のようでもある。
「体の探求」であり、身体という宇宙を一周する巡礼路のようでもある。

考えるのではなく、感じる。探求し、感じ取っていく。
すると、何か世界が開けていくような喜びが湧いてくる。
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マッサージもまた、身体と丁寧に対話する一つの「瞑想の形」。
身体の声に耳を傾けながら一緒にいる。
効率も改善も達成も目標もない。ただ身体と一緒にいる。

いまの自分ができる最善の探求である。
「何もできない」と思える状況の中でこそ、こんなに豊かな世界が開かれていると思うことにしている。

それは、春に向けて根を深く張るような、大切な準備の時間なのかもしれない。私に春は来ると思うけれどもね。