【②東インド プーリーへの旅】2026.1.20
カルカッタのハウラー駅に着く。
プラットホームでは数百人もの人々がシーツを敷いて横になっていた。列車を待つこと数時間。
切符は手元にあるが、果たして本当に予約されているのか、列車が来るまで確信が持てない。期待と不安で胸がドキドキする。
やがて列車が到着した。車両のボディに、自分の名前と座席番号が印字されたリストが貼り出されている。「あったあった」。名前を見つけて、ようやく一つ安心した。出発は22時だ。
暇なのでキオスクで冊子を買う。
さすがはインドで、瞑想のグルOSHO(バグワン・シュリ・ラージニーシ)やクリシュナムルティ、シヴァナンダ、ラーマクリシュナなどの書籍が売られていた。どれも13ルピー程度で、当時の価格としては50円くらいか。それを数冊買って、旅の友とした。
-----------------
やがて列車がホームにやってくる。列車がホームに止まった瞬間、戦場のような光景が広がる。
ドアの周りに人が殺到し、押し合いへし合いの大混乱。
通常、列車は「降りる人が先、乗る人が後」が常識だが、インドではそうはいかない。
出る人と乗り込む人が同時なのだ。入り口では文字通りの「押し相撲」が続く。
一刻も早く席を確保したい者は、ひしめき合う人々の頭の上を足で踏んで中へと突き進む。私もやっとの思いで予約席にたどり着いたが、リュックに入れていた竹の楽器は無惨にも潰れていた。
私の寝台の予約席は三段寝台の最上段。安全ではあるが、トイレに行くには不便だし、揺れも大きい。
ようやく自分の席に着くと、そこにはすでに別のインド人が居座っていた。
「ここは私の予約席だ」と言っても、彼はなかなか退かない。 「こら、どいたどいた!」と何度かやり合って、ようやく男は渋々出ていった。まあ、この程度のトラブルはいつものことで、もはや気にもならない。
-----------------
一息ついてスケッチブックに絵を描き始める。筆ペンとクーピペンで描いていく。
いつの間にか乗客たちが私の周りに集まってきた。みんな暇なのだろう、絵を描くなんて言う人は見かけれないのだろう、しかも外人だし。気づけば30人ほどの輪ができていた。
たいして上手い絵ではないのだが、皆が「ほほう」と感心してくれる。
言葉が通じなくても、こうして絵を通じて会話ができる。わたしのインドの旅はスケッチで随分と輪が広がったものだ。カメラでの撮影ではこうは行かない。
描いていてると向こうから人が寄ってくる。そこで話しかけるとみんな友だちになるのだ。インドの庶民との語らいは、心温まるものがある。
-----------------
カルカッタからプーリーまでの夜行列車、およそ10時間の旅。
途中、突然、列車が止まる。「線路に牛が入りこんだ」と言うのだ。
途中で乗り込んだおばちゃんが、ガチョウを10羽くらいカゴにいれて持ち込んでいる。ガーガーとけたたましい。列車内で、七輪のようなもので料理を始める人もいた。
朝になると、イスラム教徒の人たち5〜6人が『コーラン』を囲んで黙想し語り合っていた。
みな穏やかな表情である。彼らは一冊の聖典を上下左右、自在な角度から眺めながら文字を読み進めていく。かれらはどんな角度からでもアラビア文字が読めるのだった。その不思議で厳かな姿も、スケッチにさせてもらった。
列車のなかは、秩序と無秩序、聖と俗、苛立ちと温かさがすべて同時に存在しているのだった。
明け方、いよいよ列車はプーリーに到着した。 (続く)