過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【失われた縁と残った縁 人生の風景】2026.1.4

【失われた縁と残った縁 人生の風景】2026.1.4

もう10年以上、年賀状は出していないが、かろうじて電話でつながっている友人がいる。新年には、50年来の友人や大学の同級生に電話をした。私が病気だということで桃やお餅を送ってくれたりして、誠にありがたい友人たちだ。

田舎に移住した頃から、年賀状さえ出さない私に愛想をつかした友人も多い。もったいないことだが、こうして今も付き合ってくれる友人たちがいる。それぞれの暮らしぶりを聞けるのも、何よりの楽しみである。
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大学の同級生、Iさん。
かろうじて年賀状だけのつながりだったが、昨年15年ぶりに再会した。金峯山寺参拝の帰りに彼を訪ねたのだ。奈良県五條市で広大な桃農園を営み、柿も栽培して干し柿を販売している。


春には桃の花が咲き、秋は見事な紅葉に包まれる。果樹園で生計を立て、自ら桃源郷を作りながら働く——そんな彼の生き方に、心を打たれる。

彼との出会いは、大学の憲法ゼミの合宿での、ほんの10分ほどの会話だった。水準の高いゼミに私たちはついていけず脱落した。

しかし、あの時交換した住所で、年賀状だけのつながりは細くとも続いていた。わずか10分の会話が、半世紀近くつながり続けているわけだ。

いつも桃や柿やよもぎ餅を送ってくれる。なにもお返しのできない私だ。
しかし彼はいつも言ってくれる。

「ええんや、ええんや。いつも、Facebookで投稿を読ませてもらっているさかいな。あんたさえ元気ならええんや。」
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昨日電話した後輩は、国立の都営住宅に夫婦で暮らしている。
家賃込みで生活費が月3万円というから驚く。教員時代の貯えがあり、やがて月7万円ほどの年金も入るという。

極真空手の決勝戦に出たこともあるたくましい男で、今も朝の2時や3時に起きて近所の公園で体を鍛えている。奥さんも空手をたしなみ、ヘルパーとして30年働きながら、人形作りに打ち込んでいる。

一昨年、仕事の帰りに訪ねた。高層団地の窓からは富士山が望め、駅や商店も近い。新しい公園では子供たちの声が響く。たまの温泉以外はぜいたくはせず、読書と鍛錬を楽しむ——実に身軽で豊かな暮らしぶりだ。

とことんシンプルな生活を送っている。単なる節約や我慢ではなく、自ら選び取った「軽やかな覚悟」の生き方。

身の回りを究極までそぎ落としている。自分にとって本当に大切なものだけを磨き上げている。大したものだと感心する。本当にすごいと思う。
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自分にはとてもできないことばかりだ。

ひるがえって、「いままでのお前の生き方、暮らしぶりは?」と問われているようで、そんな生活のできていない自分がつらくなる。
まあそれでも、こうしていろいろな友人の暮らしを聞けるのはありがたい。

彼らはみな、それぞれの場所で、それぞれの人生を静かに確かに生きている。
いろいろな生き方があるなあ。大したものだとものだ感心することしきり。

失ったつながりも多いけれど、残ったつながりは、温かく、確かなもの。そう思うようにしている。