過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【算数の教科書】2025.12.31

【算数の教科書】2025.12.31

机の上に、小学校の算数の教科書が積んである。
たまにパラパラと読む。
あかりがやってきたとき、一緒に学ぼうと用意したものだが、あかりはあまり学ぶ気がないようだ。
おとうちゃんは、しかし、算数が面白くなってきた。
一年生から読み込もうとしている。
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一年生の教科書でも、バカにできない。
さまざまな数学的概念が自然に導入されている。
数えること、数と位置、「なんばんめ」や位置の表し方、数列(順番や並び)、数の順序(1,2,3…)や大きさの順序、10のまとまり(位取りの基礎)、加法(あわせていくつ、ふえるといくつ)→足し算の意味、減法(のこりはいくつ、ちがいはいくつ)→引き算の意味、長さ・量の比較(どちらが長いか、重いか)、簡単な図形(かたち)の認識など。
後の高度な数学(例:座標、順列・組み合わせ、関数など)の基盤となる多くの概念が、ごく自然に生まれているわけだ。
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大人になってこうして教科書を読み返すと、その巧みな導き方に感心する。
機械的な計算ではなく、言葉の背後にある考え方に触れるのは、なかなか面白いとわかってきた。

私は算数が苦手で、早いうちから半ば諦めてしまった。
それは、こうした基本中の基本をおろそかにし、機械的な計算ばかりしていたからだと思う。
基本をしっかり捉えていなかったので、本質が理解できていなかった。
だから文章問題はとても苦手で、文章が提示された段階で「あーもうだめ」となっていた。
基本を深く理解していれば、文章問題もパズルのように楽しめたのではなかろうか。
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私の受験勉強は、ただの暗記が中心だったから、物事の本質に迫るということがなかった。
物事の本質を考える習慣が身についていなかったのだと思う。

暗記はかなり得意だった。
暗記して即座に言葉にできることで、わかったような気になっていた。
だから「考えること」「本質に迫ること」が無駄だと思い込んでいた。