過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【音声入力とAIによる内観法】2025.121.31

【音声入力とAIによる内観法】2025.121.31

過去を振り返り、「ああすればよかった」「こうすればよかった」という思いが、よく頭に浮かんでくる。
過去は終わったものだから無視して流せばいい。だが、それでもやはり浮かんでくる。
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そこで、「こうすればよかった」という思いを、その時点に立ち戻って文章化してみる。そこを深めてみる。
すると、自分が生きたかった過去のあり方、自分の人生の内容が少しずつ見えてくる。今の自分のあり方もまた、見えてくる。

過去は、その時々の条件の中で起きたことであり、二度と戻ることはできない。しかし、その時の気持ちは今もまだ続いている。
今の自分は、現在という時点において、自分の軸ではもっと若い。だから、今この瞬間に生きていこうと思うようになる。

そして、多くの人に助けられ、支えられてきたことにも気がつく。自分一人で生きてきたのではない。たくさんの助けと縁があって、ここまで生きてきたのだ。

過去を単なる「終わった事実」としてではなく、今の自分を構成する「生きている層」として扱おうとしている。
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これは、文章作成によるセラピーのようなものだろうか。
音声入力で作った文章をAIにかけて整理する。そうするとまとまる。

さらにAIに感想を聞くと、AIが文脈を的確に整理してくれたり、新たな気づきの視点を与えてくれる。

AIによる校正と、AIからの感想を聞くことが、自分の振り返りに役立っている。そんなことを今、実験しているところだ。妄想と言えば妄想だが、現在進行形の試みである。
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吉本伊信の内観法というものがある。
親にしてもらったこと、親しい人にしてもらったこと、他人にしてもらったこと、そして親にしてあげたこと、他人にしてあげたことを思い出し、深めていく。そういったセラピーだ。

なかなか一人ではやりにくい。また、妄想につながりやすい面もある。しかし、ベッドの上でも音声入力によって、それが可能なのではないか。自分を責めるのでもなく、ただ客観的に自分の人生を振り返っているのだ。
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この作業をやってみての成果として感じるのは、自分のダメな部分を認めるほどに、他人へのリスペクトが増してくることだ。

自分はなんともダメだけれど、みんなはすごいな、と。自分のダメさが深まるにつれて、他人の偉大さがより見えてくる、と言えるだろうか。
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「感情の浮かび上がり」→「言語化(音声入力)」→「AIによる構造化」→「AIとの対話による気づきの深化」。古典的な内観法にAIという新しいツールを組み合わせた実用的な方法かも。

一人での内省が「妄想に陥りやすい」という危惧を、AIという客観的で非審判的な「聞き手」を置くことで巧みに回避できるともいえる。「自己との対話を促進する存在的パートナー」としてAIを活用する方法でもある。