【死にゆく自分の客観視 賢治と子規】2025.12.23
自分の身体が衰弱して死んでいこうとするさまを、客観的に表している文学はあるだろうか。
そういう宗教者がいただろうかと調べてみた。
たとえば、最澄も空海も、法然も親鸞も日蓮も、そういう世界を表してはいない。道元や親鸞はやや迫っているのかなあ。わからないれ
宗教者ではなくて、文学者はどうだろうか。
たとえば、芭蕉はどうか。
「旅に病んでは夢は枯野を駆け巡る」
この句だけで迫ってくるものがある。
正岡子規と宮沢賢治はどうだろうか。まず、賢治だ。
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「眼にて云ふ」 宮沢賢治
だめでせう
とまりませんな
がぶがぶ湧いてゐるですからな
ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから
そこらは青くしんしんとして
どうも間もなく死にさうです
けれどもなんといゝ風でせう
もう清明が近いので
あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに
きれいな風が来るですな
もみぢの嫩芽と毛のやうな花に
秋草のやうな波をたて
焼痕のある藺草のむしろも青いです
あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが
黒いフロックコートを召して
こんなに本気にいろいろ手あてもしていたゞけば
これで死んでもまづは文句もありません
血がでてゐるにかゝはらず
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄なかばからだをはなれたのですかな
たゞどうも血のために
それを云へないがひどいです
あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青ぞらと
すきとほった風ばかりです。
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透徹した客観性で死にゆく自分を描いている。
血が止まらず、眠れず、身体は確実に壊れていく。
「清明が近い」風の透明さ、青空の盛り上がり、嫩芽や花の微細な動きを感じ取っている。
自分の体が壊れていく様を、どこか他人事のように見つめる。
苦しみはあるだろう。そこには恐怖がない。むしろ、世界がこれまで以上に澄んで見える。
外の世界(青空、風)の美に意識が集中し、苦痛が遠のいている。
壮絶かつ清冽。「死の恐怖」を凌駕する「世界の美しさ」への感嘆。
死の瞬間を恍惚とした美の観照と魂の離脱のような視点で描いている。
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子規はどうだろう。
脊椎カリエス(結核性脊椎炎)で20代後半から徐々に衰弱し、30代半ばで完全に寝たきりになった。それでも死の直前まで筆(晩年は口述)を止めず、自分の身体の崩壊と日常を驚くほど冷静に、ユーモアさえ交えて記録し続けた。
『病牀六尺』(死の2日前まで執筆)では、病床の狭い空間(六尺=約1.8m)を「我世界」と呼び、そこから見える世界を淡々と描写している。
「大便三度、小便四度、喀血一回」(1日の排泄と喀血を事務的に記録)
彼の提唱した「写生」理論(対象をありのままに描く)が、自身の病身にも厳格に適用されている。
「病気を楽しむ」境地に達し、苦痛の中でも俳句や短歌を作り続けた。
死を目前にしても「死ぬる時は死ぬばかりなり」と達観している。
病床の狭い現実にあって、身体の崩壊を細部まで克明に、事務的に観察している。
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痰一斗 へちまの水も 間に合はず
(たんいっとう へちまのみずも まにあわず)
1902年9月19日、子規が35歳で亡くなる直前(数時間前とも言われる)に、看病していた妹の律に口述 Penで伝えた遺句。
子規は長年の脊椎カリエスに加え、晩年は肺結核も併発し、大量の痰と喀血に苦しんでいた。
「痰一斗」:一斗は約18リットル。誇張だが、それだけ痰が絶え間なく出て苦しかったことを示している。まさに死の床で喉が痰で詰まり、息も絶え絶えの状態。
「へちまの水」:当時、民間療法としてヘチマの茎を切って出る汁(へちま水)を飲むと、痰が切れ、喉の渇きや熱をさましてくれると信じられていた。子規も生前、ヘチマを植えてその水を飲んでいた。
「間に合はず」:しかしもうそのヘチマの水を飲む時間すら残されていない。死がすぐそこまで来ているという、静かで諦観の境地。
肉体の最後の現実を、まるで他人事のように冷静に一瞬で切り取っている。
「大便三度、小便四度、喀血一回」
瓶にさす 藤の花びら 短ければ 足らぬをりふし 月も見てゆかむ
藤の花の房が短くて、瓶にさしたときに少し物足りない。折り曲げて調整する。そんな小さな風情を味わいながら、月も見て死のう(死んでいこう)。
賢治と子規と。この二人は文学を通じて「実存的な深さ」を表現しているようだ。