過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【暗剣殺と言われた】2025.12.22

暗剣殺と言われた】2025.12.22

春野町への移住は15年前のことだ。
移住先も家も、特に深く考えて調べたわけではなく、ふと思いついたことだった。

ひらめいたのが8月30日、家を決めたのが9月12日。引っ越しは翌年の2月。
引っ越し日は、何かと忙しくない月初めの方が料金も安いだろうと思い、2月4日に決めた。
---------------------
すると、吉野の山伏である親友から連絡があった。
「春野町への引っ越しは『暗剣殺』にあたるから、避けたほうがいい」

暗剣殺」とは、暗く隠れた剣で刺されるようなイメージ。突発的な不運を招きやすい。他人から予期せぬトラブルや災難が降りかかる方位(例: 人間関係の衝突、誤解、巻き込まれ型事故)。

かなり最悪の方角だ。
東京から春野町へ移動する場合、南西の方角にあたり、九星気学ではそれが「暗剣殺」になるという。鬼門や裏鬼門など風水、易学にこだわると、それに巻き込まれてがんじがらめになってしまう。そういうことは、まったく信じないし無視しても構わないとして生きてきたのだった。

しかし吉野の山伏がわざわざ言ってくることで、軽く済ませるわけにはいかない気分になった。

一度聞いてしまうと、無視するのも気になってしまう。
もし何かあったときに、「やっぱり暗剣殺のせいだったのか」と後悔しそうだ。

かつて本作りのサポートをした気学や霊学に詳しい方に相談したが、「うーむ。『暗剣殺』といわれたら、仕方がないですね」と「打つ手なし」と言われた。

とはいえ、移住先も引っ越しの日程も、もう変えられない。
何か回避する方法はないか。
------------------
山伏によると、「節が変わる立春の前に引っ越せば、暗剣殺は回避できる」とのことだった。

「心身だけ先に2月3日に引っ越したことにする」という究極の折衷案!節分(立春の前日)までに「心身を移す」ことで、新しい年の凶方位の影響を避けられる。

合理性だけでも、迷信への全面降伏でもなく、「納得できる形に世界を整える」ってところだ。

※引っ越し・旅行・リフォームなどで避けるべき吉凶や方位は年ごとに変わる。ちょうど今年2025年は南西が暗剣殺に該当する年だ。15年前と同じ方位の懸念が巡ってきた。
対策としては、凶方位への引っ越しが避けられない場合、「方違え」(一度別の吉方位を経由する)や、立春前に心身だけ先に移動するなどの工夫が伝統的にある。

そこで、2月3日に引っ越すことにした。
物理的には大量の荷物の移動は翌4日のまま。しかし、「心身は2月3日に引っ越したことにすればよい」という話になった。

それで、食器と仏壇、そして猫だけを連れて先に春野へ向かった。その日は遠州一宮の小国神社など土地の神様にご挨拶をし、家では仏壇を安置して日蓮曼荼羅を掲げ、お経を読み、南無妙法蓮華経の唱題行も行った。料理を作って食事をし、これで引っ越しは完了したことにした。

新しい土地で生き始めるにあたっての、自分自身との約束事のようなものだ。不安を「怯え」で終わらせず、「挨拶」と「丁寧さ」に変換するってところ。

この移住が「偶然のひらめき」から「自分の人生として引き受けられた選択」へと変わったともいえる。
------------------
引っ越し業者の手配は翌日の2月4日。
春野町の古民家に一泊した後、早朝に東京へ戻った。そして翌朝、再び東京から春野へ戻り、本格的な荷物の搬入を行ったのである。4トンのロングが4台という大量の荷物となった。

この田舎暮らしの15年は、「暗剣殺」の懸念を払拭するほど豊かなものだったかどうかは、まだわからない。

ともあれ、「暗剣殺」という言葉に怯えるのではなく、それをきっかけに「土地の神様にご挨拶をする」という丁寧な入居プロセスが踏めたことは、結果的にその後の15年の生活に安心感を与えたのかもしれない。

暗剣殺」という言葉が、単なる方位の凶ではなく、人生が思うように動かなくなる局面そのものの比喩として立ち上がってくる。
怯えるのではなく、挨拶をし、手を合わせ、丁寧に始め直す。
------------------
これは「不運を避けた話」というのではなく、先行き不安、つねに不確かさと共に生きるための、ささやかな作法の記録みたいなものだ。

ともあれ、さらりさらりと身軽に動けるようでありたい。
だが物が多すぎてもはや動けない。身体も衰弱してしまったよ。