過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【人生の多様性と「幸せの形」についての気づき】2025.12.19

【人生の多様性と「幸せの形」についての気づき】2025.12.19

ヘルパーさんが週2回、1時間ずつ来てくれ。徹底した片付けと洗濯はありがたい。皆さんそれぞれベテランで、実に頼もしい。

この山里では移動時間が長いため、効率はあまり良くないようだが、1日6件も訪問するそうだ。対象は一人暮らしのお年寄りや私のような病人だ。

施設の介護よりも、各家を訪問する介護は人との関わりが深く、個性があり、より深い関係が築ける。それが面白いと言う人もいる。

「どれくらい介護をしてきたのか」と尋ねると、ある方は親の介護から始まり、施設での介護も含めて約30年だという。

また、子供が社会人になって自由な時間が増えたから始めた、という方もいた。お子さんの話を聞くと、なかなか興味深い。

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その方の家の前には、ノーベル賞に貢献するような実験施設を持つ、浜松を代表する会社がある。その方の子どもは小さい時から「この会社に入る」と自分で決め、そのため工業高校に進んで電気を学び、憧れの会社に入社を果たした。

家の前がその会社だ。歩いて通勤できる。朝は9時前に出社し、夕方は5時にはもう帰宅しているそうだ。趣味はコントラバスを演奏すること。会社内には食堂があり、4種類ほどのメニューから選べる。毎日食べても食費は月に4,000円だという。

家から通えて、安定した仕事でお金も貯まる。しかも時間に余裕があり、趣味に打ち込める。地元に住み、地元で働く。家から通うのは経済的だし、時間のゆとりもある。その時間を趣味に使う。そういう人生も悪くない。

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私は若い時から、東京がすごい、素晴らしいと思っていた。大学も東京、会社も東京本社になった。しかし大変な満員電車、高いマンション代、食費や生活費の負担…。それでも東京はいいと思っていた。地方で暮らすことなど、考えたこともなかった。

フリーランスになって東京にいる意味があまりなくなったので、田舎暮らしをしたいと思うようになった。それでいきなり過疎の山奥に住むことになった。

そこから見えてきたのは、東京暮らしもいいが、地方で暮らす方が確実で効率が良さそうだということだ。

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例えば、高校を卒業して地元の会社に就職し、安定した仕事に就き、小中学校からのネットワークをうまく生かしてしっかり働く。「ああ、そういう人生も良かったかもしれない」。それは着実で、落ち着きがあり、余裕のある生き方だ。

私のように東京に憧れて東京で暮らし、地方に帰ってきても、出発点が57歳ではあまりチャレンジできなかった。

もっと早く東京に見切りをつけ、地元で工夫してネットワークを生かし、新しいことに挑戦する人生もあったなと、今更ながら気づいたりする。

ま、57歳からの田舎暮らし挑戦だからこそ、見える景色もあったということで。