【過去の後悔と感謝の想起】2025.12.13
今日はほとんど一日中ベッドで寝ていた。歩かなかった。歩いてもせいぜい10歩か20歩程度だ。
少しでも立ち上がろうとすると、すぐに呼吸が苦しくなる。
血中酸素濃度は80%台にまで下がり、心拍数は140前後になる。酸素が足りず、気分が悪くなる。
酸素濃縮器で毎分5リットルの酸素を吸入すると、数分で血中酸素濃度は98〜99%まで回復する。そうしてやっと落ち着く。
動かずにただ寝ているだけなら、特に問題はない。
それで寝たままiPhoneに向かい、音声入力で過去の振り返りをしたり、企画を考えたりしている。Grok4.1にアクセスしてAIと問答を重ねる。
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次の本の企画は、最古層の経典『ダンマパダ』に取り組むことだ。出版社からはすでに許可をもらっているので、形にしていかなければならない。
そんなわけで『ダンマパダ』を読んでいると、ブッダの言葉が胸に深く刺さってくる。
90 すでに(人生の)旅路を終え、憂いを離れ、あらゆることがらにくつろぎ、あらゆる束縛の絆を逃れた人には、悩みは存在しない。
155 若い時に、財を獲ることなく、清らかな行いを守らないならば、魚のいなくなった池にいる白鷺のように、痩せて滅びてしまう。
156 若い時に、財を獲ることなく、清らかな行いを守らないならば、壊れた弓のようによこたわる。――昔のことばかり思い出して嘆きながら。
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2500年以上前のブッダの言葉と対話だ。
ブッダの偈に照らされて、いまの自分のありようがよくわかる。
90に対しては、すでに(人生の)旅路を終えようとしているのに、憂いは増すばかりで、くつろぐこともできず、不安と怖れが次々とわき起こる。さまざまな束縛の絆が多く残り、悩みは尽きない。
155の「魚のいなくなった池にいる白鷺のように、痩せて滅びてしまう」という表現は、リアリティをもって迫ってくる。魚のいなくなった池にいる白鷺か……ますますの衰退、痩せて滅びようとしている自分と重なる。
156の「壊れた弓のようによこたわる。――昔のことばかり思い出して嘆きながら」。
寝てばかりいると、つい「あの時こうすればよかった」「あんな選択をしなければ」と過去の思い出に浸り、後悔し、実現できなかったことを悔やむことにもなりがちだ。
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とはいえ、そんな中でも「あんなに良いことがあった」「こんな素晴らしい機会に恵まれた」「多くの人に助けられた」など、さまざまな人々のサポートや縁を思い出しては感謝り気持ちも湧いてくる。
それは一種の「内観法」や「森田療法」のような心境にもつながる。「過去」という素材を、今の眼差しでどう編集し、意味づけるかという実践にもつながる。