【インドの響き】2025.12.3
「天に届ける」「地に響かせる」「風に乗せる」
アザーン、マントラ、砂漠の歌、街中のバジャン…インドという多層的な世界を、異なる「響き」の性質で出会う。
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「うわっ、これはなんだ? ここはどこだ? いったいなんだ?」
「これは夢か? それとも異次元に誘拐されたのか?」
いきなりの明け方、不思議な響きに包まれた。
昨日、インドに到着したばかり。オールドデリーの安宿に泊まった。
なにしろ初めてのインドだ。まったくまわりの様子はわからない。
12月だ。時間は朝の5時半くらい。あたりはまだ真っ暗だ。
そこに突然、えんえんと、拡声器から流れてくる祈りのような不思議な声の響き。5分から10分くらいだったろうか。恐怖の世界に包まれた。
それがアザーンだった。
イスラム教徒に礼拝を呼びかける声だ。
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アザーン(أذان / Adhan)とは、イスラム教で1日5回の礼拝(サラート)の時間を告げる呼びかけのこと。モスクのミナレット(尖塔)からムアッジン(呼びかけをする人)が唱え、スピーカーで街中に流される。
アッラーフ・アクバル(Allāhu Akbar:神は最も偉大なり)
アシュハド・アン・ラー・イラーハ・イッラッラー(私は証言する、神のほかに神はないことを)
予備知識もなく、いきなりこの声の響きで目が覚めると、異次元世界に放り込まれたようで、わけがわからなくなった。
インドも旅を重ねると、やがて慣れて「ああ、またアザーンだ」とわかるようになるのだが、はじめてのときには驚いた。これが一日に5回流れてくるのだ。
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ガンジス河のほとりで宿泊した時は、早朝にこのアザーンの響きがあり、その後、聞こえてきたのはサドゥ(遊行者)たちの唱えるマントラの響き。鐘の音と男たちの声。
それは地に響かせるようなものと感じた。
スリーラーム、ジェイ、ラーム、ジェイジェイ、ラーム。
スリーラーム、ジェイ、ラーム、ジェイジェイ、ラーム。
アザーンが天に響かせるような唱え方だとすれば、ヒンドゥーのマントラは大地に響かせるような感じだ。
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西インドの砂漠を旅した時、早朝、ラクダで砂漠に向かった。
ラクダの走りの速いこと、速いこと。
砂漠に着くや、ラクダ使いが歌う。その歌は、風に乗ってはるか遠くに響いていく。頭から抜けるような響かせ方になる。砂漠には、渺々とした砂しかない。空しかない。太陽がかっと照りつけ、風が吹いてくるだけ。その天空に、風に、響かせるような歌い方だ。
その歌い方、声の響かせ方は、モスクで『コーラン』の詠唱を聞いたとき、相通じるものを感じた。
やはりイスラムは、砂漠の宗教だ。
天空に響かせる祈りの宗教なんだなあと思った。イスラム教のモスクも、半球のドーム型で、それは天空を表しているのだと思った。
砂漠の渺々とした空間性、遮るものがない天と風が、神(アッラー)の無限性を象徴している。
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そして、インドはやはり大地だ。インドを歩いていると、大地の振動のようなものを感じることがある。
インドではたくさんの歌をよく聞く。通りでは吟遊詩人みたいな人が弦楽器を持って響かせながら歌っている。テンプルでは、ハルモニウムを響かせながらバジャン(祈りの歌)を歌っている。
夕方になると三々五々集まって、川のほとりでアラティ(灯明供養)が行われる。祈りをあちこちで捧げているのだ。
ヴァラナシのダシャーシュワメード・ガートでは、毎晩ガンガー・アラティが行われる。何十万人という大群衆が歌っている。
トゥワメーバ・マータ・チャ・ピタ・トゥワメーバ
トゥワメーバ・バンドゥ・チャ・サカー・トゥワメーバ
ガンジス河のほとりのヴァラナシ(ベナレス)では、毎夜、休まずにプージャ(祭礼)が行われる。そして、次のような章句が唱えられる。
Tvameva Mata cha Pita tvameva
Tvameva Bandhuh cha sakha tvameva
Tvameva Viddhya Dravinam tvameva
Tvameva Sarvan Mamadeva deva
(あなたは母であり、父です。
あなたは親戚であり、友です。
あなたは知識・智慧であり、富・成功だ。
あなたはすべて。わが神々の中の神々。)
インドにおける神々とは、畏怖されるものでもない。
それはお母さんであり、お父さんであり、親戚であり、親友であり、知識と智慧である。財福であり成功であり、それはすべて。生活と自己そのもののすべてだ。
宇宙が全て友達でだ。そして、すべてが自分自身だ。
インドの宗教は「足元から湧き上がる祈り」
イスラムは「天へ開いていく祈り」
インドは常に祈りの響きの中にある。
インドでは「祈り」が特別な行為ではなく、空気や大地の振動のように生活に浸透した「響き」である。