【③イスラムとの出会い】2025.12.3
「イスラム教徒と親しくしていると、今後のおつきあいは考えさせてもらう」
と親しいインド人から言われたことがある。
ヒンドゥー教徒の中には、イスラム教徒を歴史上の対立から警戒する見方がある。
これは差別でもヘイトでもなく、「うちの先祖はあの人たちの先祖に殺されたかもしれない」という、皮膚の下に染みついた警戒心だ。
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ヒンドゥー教とイスラム教の歴史は、単純な「善悪」や「被害者・加害者」の構図では到底理解できない、何世紀にもわたる複雑な積層がある。
中世以降、北インドではイスラム王朝による侵攻や支配が続き、仏教寺院やヒンドゥー寺院の破壊が行われた。
特に仏教はインドではほぼ衰退し、その要因の一つにイスラム勢力の進攻が指摘される。ただし、イスラム支配下でも文化交流や融和が進んだ時代もあり、単純に「破壊だけ」と断じることはできないが。
シーク教徒は、15世紀に成立した宗教であり、ムガル帝国などのイスラム勢力からの迫害に対抗するために武装と自律を強め、戦士的伝統を築いた。
シーク教徒はガタイが大きく堂々として、とても勇ましく見える。
「戦える体を維持する」ために体を大きくして肉食もしてきた。菜食にこだわらない。髪やひげを切らないことは、淵源には戦いにおいて負傷しないためでもある。
常に携帯する短剣(キルパン)は、相手をえぐれば深手を追わせる。現在は信仰の象徴のために持っているというが。その総本山のゴールデン・テンプルでは、門番は槍を持って入口を守っている。
これらは「イスラムに負けなかった証」であり、「次にまた来たら殺すぞ」という宣言にも見える。