【①イスラムとの出会い】2025.12.3
イスラム教徒の礼拝の場には、これまで何度も居合わせたことがある。
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「インド・コルカタのナコダ・モスク(Nakhoda Masjid)」
コルカタ最大のモスクで、収容人数は1万人から2万人とも言われる。礼拝時には外まで人が溢れる。
一緒に礼拝してみたいと思い、観光客として中に入った。入り口にはウドゥー(清めの儀式)のための洗い場があり、人々は手足を洗い、土や埃を落としていた。私も倣って洗い、靴を脱ぎ、礼拝堂の最前列に座って静かに待った。
すると、年配の男性が近づいてきて尋ねられた。
「お前は何の宗教だ?」
「仏教徒です」
「なら出て行け」
確かに、他宗教の者がいれば集中を妨げられるだろう。単なる「邪魔」というより、その行為の純粋性と精神の集中を損なう存在なのだ、と理解した。私は素直にその場を後にした。
彼らは怒りや差別からそう言ったのではなく、「ここは神と向き合う場所であり、信仰の異なる者はその場にそぐわない」という、極めて合理的な境界線を引いているのだと解釈した。その空間が「観光地」ではなく「神聖な場所」であることを徹底する、厳格な規律の現れだった。
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「東京・代々木の東京ジャーミイ(トルコ文化センター)」
日本最大級の美しいモスクである。トルコ人のスタッフ(コギュムさん)に「礼拝を体験したい」と伝えると、彼は丁寧にこう断った。
「ムスリムではない方が礼拝をしても、意味はありませんよ」
非ムスリムの見学は自由だが、正式な礼拝行為に加わることは基本的に許されない。礼拝は信仰告白(シャハーダ)と一体であり、形だけの儀礼ではないからだろう。
カシミール出身の絨毯商人に出会った。
当時のカシミールは、イスラムとヒンドゥーの間でつねに戦争を起こし、かれらはそのために故郷を捨てて南インドに来ていた。
熱心なムスリムである彼は言った。
「私とアッラーは直接つながっている。ヒンドゥーのように僧侶を介する必要はない。誰でも直接神に祈れる。これがイスラムの偉大なところだ」
神との〝ダイレクトコンタクト〟と誇らしげに言っていた。(続く)