【④マザー・テレサ訪問記】2025.12.1
はっと電撃が走った。
も、もしや……。
この老婆こそ、マザーではなかろうか。
よくよく観察すると、まさしくマザー・テレサその人だった。息をのんだ。
周りの喧騚が消え、時間が止まったように感じた。
私たちは愚かにも、マザーは祭壇の中央にいてミサを主宰し、みんなの前に立ち、説教をするとばかり思っていた。
けれども、マザーは、私たちのすぐ後ろにおられたのだ。しかも、出入り口の下駄箱のそばという、もっとも「下座」に。その場こそがマザーがいつもおられる定位置なのだった。
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修道女から「マザーに会いたければ、ミッショナリーズ・オブ・チャリティ(Missionaries of Charity)に行きなさい」と言われた。
カルカッタは喧騒の町である。やたらとホームレスがいる。路上で生まれ、路上で育ち、そして路上で死んでいく人たち。
すえたような汗と牛の糞とカレーの匂いが混ざった通りに、その施設があった。
そこは祈りの場であるとともに、孤児院を経営したり、人々に食事を施したりしていた。たくさんの若いシスターたちが、俊敏に働いていた。
ミサが行われる。
14時前、会場の部屋に入った。
中央の祭壇には十字架とイエスの像。
祭壇に向かって左側はシスターたちで100人ぐらい。みんな若い。向かって右は一般の人々及び「死を待つ人の家」のボランティアたちが50名くらいだった。
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ミサが始まる。いよいよそこにマザーが現れる。
マザーは儀式を取り仕切り、祭壇の中央に立ってみんなの視線を集めて荘厳に祈りを導く。
ところが、ミサが始まると、現れたのは男性の神父(司祭)だった。
「ああ、残念。今日はマザーに会えないんだな」
私はがっかりした。しかし、式典に参加しているのだから、ともに祈り、賛美歌を歌い、司祭のお話を聞いた。
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30分も経っただろうか。ふと何気なく後ろを振り向く。
入り口の下駄箱のそばで、ひたすら祈っている老婆の姿があった。着ている服装は、他のシスターたちと同じ白いサリーに青い線の入ったデザインだった。
小さな体をさらに小さく丸く縮め、額は絨毯につかんばかりにひたすら祈りを捧げている。微動だにしない。
「ああ、年老いたシスターなんだ。でもどうして、他のシスターたちと一緒にいないんだろう。まだ正式のシスターじゃないのかな。あるいは、引退した方かな。」
そんなふうに思っていた。
そうしてまた、時間が経つ。すこし気になってまた振り返って、その老婆をもう一度よく見た。
その老婆こそが、マザーであった。私はたいへんに驚いた。
その最も下座こそが、マザーがいつもお祈りをされる場所だということは、後で知った。(次号へ)