過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【②物事をさらりと流せるようになってきた実感】2025.12.1

【②物事をさらりと流せるようになってきた実感】2025.12.1

成長の物差しとして考えられるのは、たとえば

① 怒りがどれだけ減ったか

② 物事の変化に対して「困った」「嫌だ」と抵抗する気持ちが減ったか

③ 他人の気持ちが以前よりわかるようになったか  

——そういうことだろうと思う。

世の中の多くの「自己成長」論は、スキルアップや成果の達成など、外への拡大をめざしている。それに対して私は、「変化に抵抗しなくなる」「受け流せるようになる」といった、内側の静けさや寛容さの深まりを、成長だと感じている。

もともと私はそれほど執着が強いタイプではないと思うが、ヴィパッサナーを続ける中で、物事をさらりと流せるようになってきた実感はある。まあ、性格は頑固だと言われるけれど。

ただ、それが本当に「成長」なのか、また、瞑想が人間の成長に必ず必要なのかは、うまく説明できない。

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ひとつはっきり言えるのは、ごちゃごちゃした思考が減り、妄想が静まるようになったことはいえるかも。

そのおかげで、集中したいときには以前より集中しやすくなっている。

とはいえ、今は病気の影響で体が思うように動かないため、身体的な面で集中力は落ちているのも事実だ。体が言うことを聞かない中で、「集中力が落ちている」と感じつつも、同時に「人の支えのありがたさ」や「過去ではなく、いまここに意識を向けること」の大切さに、気づかされている。

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自分の気持ちをちゃんと見ること。相手の気持ちをちゃんと理解しようとすること——それがコミュニケーションの土台だと思う。

病気をすると、どうしても人の助けがなくては生きていけない。みんなが本当に親切にしてくれる。反省すべきことは山ほどあるけれど、過ぎたことは過ぎたこと。

それこそブッダの教えの中核にある「無常(Anicca)」を深く理解してゆく道ととらえている。今日という一日、この今に意識を集中して、丁寧に生きていく実践だ。