過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【眠れない現実の主導権を取り戻す】2025.11.30

【眠れない現実の主導権を取り戻す】2025.11.30

10年前に軽度のウツになった。常に底にあるのは、絶望感。そして、眠れない。

62歳であかりが生まれた。仕事の先行きもはっきりしない。大丈夫か。どうなるのかわからないという現実が背景にあったと思う。

ただ眠れないのではなく、「生き方全体が問われている中での、眠れなさ」。人生の大きな岐路に立った人間が、どのようにして自身の足場を確保しようとしているかという不安の中にあったわけだ。

眠れないと、ますます焦燥感が出てくる。これはまずいぞ。

眠れるようにしなくちゃいけない。しかし、眠れるようにする努力がますます眠れなくなるのがリアリティ。

20代の頃から睡眠障害はあったが、クスリを飲む選択はしてこなかった。ただ、顔に帯状疱疹が出たときは三ヶ月、激痛で眠れず、そのときだけは、初めて睡眠導入剤を使ったことがある。幸い、そのときは眠れた。

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その経験もあって、診療所へ行くことにした。

医師とも相談し、睡眠導入剤を試してみることにした。種類はいろいろある。レンドルミンアモバンマイスリーハルシオンデパス……。

ひとつずつ飲んでみて、ちゃんと眠れたか、翌朝の目覚めの調子や気分はどうかを詳細に記録していった。自分を実験対象として観察する、ある種の科学者的な試みだった。

「自分の状態を他人事のように観察しながら、同時に深く当事者として苦悩している」というのが、つねにわたしのありようだ。

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結果、もっとも無難だと感じたのはレンドルミンだった。目覚めも悪くない。朝、少しふらっとする程度で済む。これでいこうと思った。

「クスリを飲めば眠れる」という安心感は、大きかった。

ところが、やがてレンドルミンも効かなくなってきた。耐性ができたのだろう。

仕方なくまたクスリを変えてみる。今度はデパスにした。依存性はあるものの、広く使われているものだ。これで再び眠れるようになった。

だが、これも最初は1錠だったのが、いつしか2錠になり、やがて3錠に増えた。それでも眠れるのだから、「まあいいか」と自分を納得させた。副作用も特に感じなかった。

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ところが、数日前からまた眠れなくなってきた。これ以上量を増やすのは、依存が深まって危険だ。間質性肺炎で肺活量が3割になっている肉体で、眠れないのはさらにきつい。

そこで医者とも相談し、マイスリーに戻してみることにした。

過去の記録では、マイスリーは一気に深く眠れるが、目覚めが早すぎてその後また眠れなくなる傾向があった。それでも、眠れるならと、デパスからマイスリーに切り替えたのが約2週間前。だが、この薬も効かない。

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まあいいや。眠れなくても仕方ない。そう開き直って、マイスリーは1錠だけ飲むことにした。

全く効かない。
そして、ひどい悪夢ばかり見るようになった。

トランプがわがやにやってきた、大日如来がでてきた。毎日、盛り沢山だ。

夢の内容はいつも八方塞がり、おろおろしている。どうしようもなく困り果てているものばかり。

でも、逆にそれで少し安心した。
悪夢でも、気分が悪い夢でも、眠れている証拠だからだ。
「なあんだ、ちゃんと眠れてるじゃないか」と。

悪夢でもいい。それで少しでも眠れるならそれでいい。
通常なら悪夢は嫌なものの象徴。
それを「眠りの証明」として前向きに捉えた。開き直った。

夢日記もつけだした。自分の苦しみをガラス越しに見つめながら、同時にそのガラスの中で必死に息をしているって感じだ。

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マイスリーはあと1錠しか残っていない。そこで今、思い切って睡眠導入剤をすべてやめてみることにした。まさに離脱のいいタイミングだ。

この難病という状況下で深い闇と折り合いをつけて睡眠薬と向き合うことは、単なる精神的な闘い以上に、生命の維持にも関わる切実な問題ともいえるが。

ともあれ10年という長いクスリとの付き合いを経て、ようやく「主導権」を取り戻せそうな気がしている。薬に「使われる」側から、自分が「選ぶ」側へ。これもまた、一つの実験だ。