【閉じゆく身体の観察】2025.11.29
酸素を取り込む力がかなり落ちている上に、酸素を体内に運ぶ力も落ちている。
その分、心臓にはかなり負担がかかっているわけだ。心臓、いっときも休まずにがんばっているなあ。いやがんばって働くというよりも、ダンスをしているのかもしれない。生命の躍動という。そしてまだ、ダンスは続きそう。
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家族で天竜病院へ。一年前は楽々と歩けたが、今では検査室まで歩くのは無理。看護師が車椅子を押してくれる。車椅子に乗ったまま、血液検査、肺活量測定、CTスキャンを受ける。レントゲンの時だけは立ち上がらなければならないが、技師がサポートする。
もともと人間に対する好奇心は旺盛なので、何ごとにつけ取材モードになる。検査中も、「一日にどれくらいの方を検査されるんですか?」「どういった資格が必要なんですか?」と聞く。
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一年前に間質性肺炎と診断されてから、一年が経った。医師の診察では、この一年間のレントゲン写真を比較すると、かなり悪化しているのがわかる。
今では肺活量は30%を切り、ヘモグロビンも減っている。
身体が動くということは、たくさんの酸素を必要とすること。だから、酸素を取り込む力が弱いわけだから、普通に身体を動かすのもままならない。
川辺の家は風が冷たくて寒い。友人の家を訪ねても、車から降りて歩くだけでも大仕事。結局、車に乗ったままのやりとりとなった。
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帰り道、リフォームを始めようとしている家があった。かつての私なら、知らない人でも話しかけて盛り上がったものだが、今では車から降りて話しかけようとは思わない。好奇心はたくさんあるのに、身体がついてこない。
帰宅して、あかり(娘10歳)に算数を教えるのを楽しみにしていた。でも、いざその時間になると、教えるだけの体力がなくて横になっていた。
あかりは、私が寝ている隣で漫画の『ナニワの金融道』を読み始めた。
──ええ? そんな難しいの、わかるの?
「わからないけど、絵だけ見てる」
──いろいろ描きこんであって面白いよね。
「うん、面白い」
──絵が乱暴なのがいいね。でも、すごい力で描きこんでいる。こうやって、表現する力があるってのが、すごいよね。
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というわけで、まあせめて起き出してパソコンに向かう。日記風な闘病記でも書こうと起きた。
さきほど、あかりの友人の兄弟二人が遊びに来た。あかりが楽しみにしていた。これから畑で芋掘り。そして、焚き火。わたしは、焚き火の側で、座っているだけだけれど。いま起きていることはちゃんと見ているという観察者の生き方は、止まらない。
身体は閉じていく流れは止まらない。しかし、内側では「ダンス」は続く。心臓の鼓動だけでなく、せめて言葉を紡ぎ、世界を見つめ続けようとしている。
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舞踏家の大野一雄さんから直接に聞いたことがある。
親友の暗黒舞踏の土方巽(ひじかた・たつみ)を見舞いに行くと、土方はもはや動けない身体で、指だけで踊っていたという。
社会的な生からはすでに「死」んでいるような身体。閉じてやがては「死」に至る身体。死にかけている身体だからこそ踊れる。そこに、根源的で強烈な「生」の表現はありうるってことか。