過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【②マザー・テレサ訪問記】2025.11.26

【②マザー・テレサ訪問記】2025.11.26

九段下のインド大使館に行くと、非効率で長く待たされたが、私のビザは発給された。ところが、同行するHさんのビザを申請すると、「この方は奈良県在住なので、大阪のインド総領事館で申請せよ」と言われた。

「えっ、大阪まで行かなきゃいけないの?」「そうだ!」
仕方ない、今から日帰りで行くか──と大至急で新幹線に乗ろうと駅まで向かった。切符を買おうとしたその寸前、「待てよ」と気づいた。

「奈良在住なら大阪で申請せよというのは、サービスとして西日本に総領事館があるからだろう。しかし、わざわざ東京まで来ているのに、また大阪へ行けというのは不合理ではないか。ひどい話だ。このことを大使館に強く訴えて突破しなければ」

そう考え、インド大使館に戻り、「東京で発給するのが筋だろう」と強く抗議した。いろいろやり取りがあったが、「ここで引いてはいけない、絶対に負けない」と決めていた。
しばらくすると、向こうも根負けしたのか、理屈が通ったのか、Hさんのビザも発給してくれた。

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Hさんとインドに行くことになった経緯である。

航空券はエア・インディアかビーマン航空(Biman Bangladesh Airlines)だったかと思う。デリー経由のカルカッタ行きの便だったと記憶している。

航空券は手配済みで、宿はカルカッタについてから適当に探せばいいだろうと考えていた。サルベーション・アーミー(救世軍)の宿は汚いけれど、セキュリティが高くて面白いのでいいと思っていた。

問題はビザだった。インドの観光ビザの発給には、いつも手間がかかりストレスが大きかった。

私の場合、職業欄に「ライター」と書いたら、「取材して公表しないこと、写真を撮らないこと」と念を押されたことがある。40年近く前の話だ。当時のインドは外国メディアに対して非常に神経質だったのだろう。

実際、カルカッタの郵便局の施設をカメラで撮影したら、銃を携えた二人の警察官に両腕を掴まれ、フィルムを没収されたことがある。それで懲りて、次は職業欄に「教師」と書いたら、大使館で「あなたはジャーナリストとして登録されているからダメだ」と言われ、ビザの有効期間が半年から三ヶ月に短縮されたりした。

今回はフライトの2日前にビザ申請をした。かなりぎりぎりのタイミングだった。

そんなハプニングもあったが、インド・カルカッタへのフライトに間に合い、無事到着した。

(次号へ続く)