【日中間の歴史認識の溝の深さ】2025.11.23
中国の歴史的視点からみると「日本は私たちをつねに侵略してきた」ということになるだろう。
中国側から見れば、1894年の日清戦争から1945年の日本の敗戦まで、約50年間にわたり日本による侵略戦争が続いたと認識されると思う。
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①日清戦争(1894-95年)では、日本が清国を攻撃し、戦場は主に朝鮮半島と遼東半島(旅順・大連を含む)であった。
②日露戦争(1904-05年)では日本とロシアが満州を舞台に戦い、旅順攻防戦や203高地の戦いが行われた。これは中国への直接侵略ではなくロシアとの勢力争いであった。③1914年の第一次世界大戦では、日本は連合国側として山東省の青島(ドイツ租借地)を占領した。
**②と③は、中国の歴史記憶では「大陸への日本の軍事的進出」として一本の線につながる。**
④1931年の満州事変、1937年の盧溝橋事件を発端とする日中戦争(支那事変)が始まり、日本軍は華北から華中・華南へと進撃し、同年12月に南京を占領した(南京事件)。
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日本は1945年の第二次世界大戦(日本では「大東亜戦争」「太平洋戦争」と呼ぶ)に敗北した。
満州ではソ連軍の侵攻(1945年8月)により多くの日本人が犠牲となり、約58万人の兵士・軍属がシベリア(ソ連)に抑留され、約5~6万人が過酷な労働や寒さ・病気で亡くなった。
本土では大空襲(東京大空襲など)で約50万人の民間人が死亡し、広島・長崎への原爆投下で約20万人が犠牲となった。日本側の総死者は約310万人(軍人約230万人+民間人約80万人)とされる。
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一方、日本が占領・戦闘を行ったアジア・太平洋地域全体では、中国だけでも軍民合わせて1,000万人~2,000万人以上(諸説あり)が死亡したとされ、アジア全域では2,000万人を超える犠牲者が出たと言われている。
この膨大な犠牲の直接的原因は、日本が1931年以降、アジア・太平洋地域で大規模な侵略戦争を行ったことにあるわけだ。
戦争の発端に欧米列強のアジア植民地支配やABCD包囲網などの要因があったとしても、日本が自ら大陸へ進出し、武力で領土拡大を図った事実は変わらない。
「大東亜共栄圏」「アジア解放」「有色人種の解放」「八紘一宇」といったスローガンが掲げられたが、実際には多くのアジア諸国で日本軍による占領統治が行われ、現地住民に多大な苦難をもたらした。
戦後、多くのアジア諸国が独立を達成した背景には、日本が欧米植民地支配を崩壊させた間接的影響があったとする見方もあるが、それは日本の侵略行為を正当化するものではない。
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吉田茂首相の国会答弁にこういうものがある。
「近年の戦争は多くは国家防衛権の名において行われたることは顕著なる事実であります。(中略)故に正当防衛、国家の防衛権による戦争を認むるということは、たまたま戦争を誘発する有害な考えであるのみならず、もし平和団体が、国際団体が樹立された場合におきましては、正当防衛権を認むるということそれ自身が有害であると思うのであります。」(1951年:昭和26年 2月1日の第10回衆議院本会議における答弁 抜粋)
サンフランシスコ講和条約の批准審議の前年、ちょうど警察予備隊(後の自衛隊の前身)が創設され、再軍備問題が国会で激しく議論されていた時期のもの。
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日本は加害者としての「侵略戦争」を行ったという事実がある。それを認識しておく必要があろう。
敗戦後、戦争の大いなる犠牲にたってその反省の上から一貫して歩んできたのは「武力によらない平和国家」の道のり。それはまた、アメリカに従属して「平和であることを背負わされた」ともいえようか。