【眠れない夜】2025.11.22
この数日、眠れない。
眠れないと夜が長く感じる。
眠れない日が続いているが、まったく眠っていないかというと、そういうわけでもない。
何か夢を見るので、いくらかは眠っているようだ。
たくさんの夢を覚えている。
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だいたいの夢のパターンは、行き詰まる、八方塞がりになる、時間に間に合わない、場所がわからない、困ったどうしようというものが多い。覚えているのは「ああ、夢だったのか、よかった」というケースだ。
昨日は、自分が若くて元気でいろいろなことに挑戦している夢だった。
若い、健康、行動力がある。そうしたらなんでもできる。失敗してもそこから立ち上がれる。
今は、年老いて、せめて健康なら、あかりを伴ってインドの旅などをしていたかもしれない。こんなにおもしろいことはないんだけれど。だが、もうそれはできない。身体が動かないので、まったく行動力はない。気力も失いつつある。
だめだなあと思いつつ。
まあ、しかし、年老いて病気だからこそ体験が深まる、観念の遊びも楽しめると思ってみることにしている。
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不自由になっていく老いを「ありがたい修行」と詠っていたのは榎本栄一さんだった。その詩を探したが見当たらない。それで、こういうのを見つけた。他力を詠う浄土真宗の世界だが。
「あるく」榎本栄一
私を見ていてくださる人があり
私を照らしてくださる人が
あるので
私はくじけずに
こんにちをあるく
私を呼んでくださる人があり
私を待っていてくださる人が
あるので
私はくじけずに
こんにちをあるく
私を信じてくださる人があり
私を必要としてくださる人が
あるので
私はくじけずに
こんにちをあるく
私を愛してくださる人があり
私を救ってくださる人が
あるので
私はくじけずに
こんにちをあるく
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榎本栄一さんの詩を出していたのは樹心社で、社長の亀岡さんとは懇意にしていた。よく国立でお茶をして語り合ったものだ。
そもそもは、禅僧の村上光照老師が、「池谷さん、国立にいるなら僕の友人がいる。沢木老師のもとで一緒に坐禅をした友人だ」ということで、紹介していただいたのがきっかけだった。
仏教本をたくさん出していた伯樹社の編集長をしていたが、独立して会社を作られた。とてもいい本を出されていたが、もう会社は閉じたようだ。奥様も亡くなられたと聞いたし、いまどうしているだろうと思い出した。
眠れなが、夢は覚えていると書いたが、この人生、所詮は夢なのかもしれない。死んだ時、「ああこれは夢だったのか」とはっと気づくのかもしれない。
まあしかし、人生は夢であったとしてもいまこの瞬間の生きているリアリティをしっかりととらえていこう。