【②魅惑のインド:マザーの「死を待つ人の家」】2025.11.19
カーリー女神に捧げるために、毎朝、羊が犠牲となる。
まさに子羊三頭が、これから犠牲になるところに出くわした。子羊たちは、毛むくじゃらの大男に首を束ねられ、万力のような機械に固定される。足を引っ張られると、ぐーっと首が伸びる。
その首に、青龍刀のような巨大な刀が振り下ろされる。
ズン。瞬時に首と胴体が離れる。頭が地面に転がる。血が一気に溢れ出る。胴体から離れた羊の口がぱくぱくと動く。足もぴくぴくと。
血の臭いを嗅ぎつけて、カラスがやってくる。痩せこけた野良犬が来て、地面の血をぴちゃぴちゃとなめている。
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マザー・テレサの「死を待つ人の家」は、この寺院の境内にある。マザーが毎日祈る教会もそうだ。
「破壊と殺戮の女神」の境内に「死を待つ人の家」が共存する。一見矛盾する二つの要素——血生臭い犠牲と慈愛に満ちた看取り——が、同じ聖域に存在する。「生と死」の本質的な関係を浮き彫りにするインド的な生死観を感じさせる。
戸外で死にそうになっている人が担ぎ込まれ、その最期が看取られる。さぞキリスト教的で静寂な雰囲気なのかと思いきや、羊の首を切る場所のすぐ近くとは驚いた。
なぜそのような場所に施設があるのか。
マザーがカルカッタで活動を開始したとき、カーリー寺院の境内を借りて施設を作ったのだった。
カーリー神は、黒い肌に赤い舌を出し、頭蓋骨の首飾りを身に着けている。血糊のついた剣や槍、髑髏のついた棒、血の滴る生首を携えている。破壊と殺戮を楽しむ暗黒の女神といった形相だ。カーリーは破壊の女神であると同時に、母なる力の象徴でもある。死と再生を包み込む“宇宙母”という側面がある。
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早朝、人力車に乗ってカーリー寺院に出かけた。境内はものすごい人の群れでごった返し、熱っぽいエネルギーに充満している。
カーリー寺院の一角に、「死を待つ人の家」がある。まさに死にゆかんとする人の最期を看取るための施設であった。
カーリー神の「破壊」と「母性」が混然となった空間に、マザーの「祈り」と「看取り」の空間が存在していたのだった。(次号)