【⑯スマナサーラ長老外伝:再び編集の道へ】2025.11.14
こうして、ひろさちやさんとスマナサーラ長老の本作りが別々に始まっていった。編集の仕事にもようやく慣れ、流れに乗ってきた頃、医学出版社に勤める親友から「医学書をやってみないか」と声をかけられた。
医学知識ゼロの私だった。
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「無理だよ」と断ったが、「大丈夫だ」と背中を押された。
そして、思い切って理学療法・作業療法・鍼灸の教科書(大学・専門学校向け)の編集に携わることになった。なんと、京都大学の教科書に採用されたものもあり、自分ながら驚いた。
多くの著者の論文をまとめた形の本で、鍼灸の本は上下巻で4,000ページ以上にも及んだ。原稿の校正、解剖図や図表の配置、版下の作成から印刷手配までを担当した。
日本の医学は西洋医学が主流でエビデンス主義だ。つまり「心不在」の医学、機能的・機械的な医学といえる。その点にはあまり面白みを感じなかったが、安定した仕事があることはありがたかった。現在の妻がパソコンのシステムや精密作業を得意としていたので、大きな助けにもなった。
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収入が安定したところで、田舎暮らしをしてみようと思い立ち、現在の浜松市・春野町の山奥に移住した。今から15年前のことである。
スマナサーラ長老の本作りは『原訳 法句経』(佼成出版社)や『一日一話』(PHP)でいったん区切りがつき、私は田舎暮らしを楽しみながら地域のネットワークづくりに励んだ。NPO法人を設立し、次々と事業を展開。
また、62歳にして子供を授かり、子育てからたくさんの学びを得ている。
デイサービスの経営まで始めたが、コロナ禍で妻の手術もあり、閉鎖することになった。
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そこで、「昔とった杵柄」で再び編集の仕事に戻ることにした。幸い、修験道の吉野・金峯山寺や信貴山の大本山からの仕事をいただき、本作りを再開。
その流れで再びスマナサーラ長老の本作りを企画し、『仏教塾』(サンガ)、『道元禅師を語る』(佼成出版社)、『自伝』(サンガ新社)の編集を担当することになった。
その流れが再びスマナサーラ長老の本作りへとつながる。病を得てヴィパッサナーの実践せざるを得ない日々のなか、人生の「本懐(本当に為すべきこと)」へと引き戻されているかのようだ。計画せず、執着せず、ただ縁に身を任せながら「本懐」へと導かれていくような。人生は自分でコントロールできるものではなく、縁の流れに乗るとき自然に“本懐”へ戻っていくのかもしれない。
今も二冊を抱え、仕事を通して自分が学べることに心から感謝している。こうして「数珠つなぎ」に仕事がつながっていく。しかし、常に「先のことは見えない」のが私の人生である。