過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【⑦スマナサーラ長老外伝:サティ】2025.11.12

【⑦スマナサーラ長老外伝:サティ】2025.11.12

友人のサニヤシン(Oshoの弟子)から電話があった。

「こないだNHKの『こころの時代』を見た。あの坊さん(スマナサーラ長老)はいろいろわかっているようなので、紹介してほしい。特に、Oshoの最終説法の『サマサティー』について聞きたい。池谷さんならきっと知り合いだろうと思って」

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「サマサティー(Sammasati)」はパーリ語(古代インドの言語)で「正念(right mindfulness)」を意味し、仏教の八正道の一つに由来する。現代語で言うと「マインドフルネス」に相当する。

Oshoはインドの哲学者・神秘主義者で、瞑想と自己探求を基調とした新しい精神運動「Osho Rajneesh Movement(オショー・ラジニーシ運動)」の創始者である。

1960年代後半からプネー(インド)にアシュラム(瞑想センター)を設立し、世界中から数万人の求道者を集めた。1981年にはアメリカ・オレゴン州に大規模コミューンを建設したが、移民法違反などのトラブルで1985年に国外追放され、再びインドに戻った。

Oshoの講話は、仏教、ヒンドゥー教キリスト教ニーチェなどの伝統や思想を自由に引用し、ジョークや寓話を交えながら展開される。58歳で死去。

その最終説法が「サマサティー(Sammasati)」であった。日常の瞬間に「今ここ」を意識し、思考・感情・身体の動きを判断せずに観察することを意味する。Oshoはこれを「気づき(awareness)」として繰り返し説き、マインドの騒がしさを静め、無意識のエネルギーを解放するツールと位置づけた。現代のマインドフルネス運動の源流の一つといえる。

Oshoの教えでは、サマサティーは単なる瞑想技法ではなく、生活全体の態度である。彼は「マインドを観察せよ。判断せず、ただ見よ」と常に強調した。

「サマサティーによって、すべてを超越せよ。生も死も、ただの夢。」 Oshoは死の直前、弟子に「私は誰でもない(I’m nobody)」と述べた。

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友人は、Oshoの最終説法の深い意味を知りたいと思っていた。たまたまテレビを付けたら「こころの時代」をやっており、スマナサーラ長老がサティ(気づき)について語っていた。それで、私に電話があったわけだ。
これも縁と思い、彼と一緒に茨城の大洋村にスマナサーラ長老を訪ねた。

話のやりとりはあまりよく覚えていないが、長老が「ブッダは最高だ」「ブッダの教えには間違いがない」というようなことを述べたので、彼は「それはエホバが素晴らしいとか、アッラーが素晴らしいとか、そういう言葉に聞こえます」みたいな話をしていたのを覚えている。

Oshoの流れを汲む「サニヤシン」と、原始仏教の伝統を堅持する「スマナサーラ長老」という、異なる思想的背景を持つ者同士の邂逅。長老にとっての「ブッダ」は歴史的人物であり、偉大な師匠である。

その教えは検証可能な実践体系だが、外部から見れば、それは一つの「絶対的な真理」を主張する教義のように映ることがある。そのあたりは、つねに私は長老と論議していたのであったが。

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ともあれ、道場をお借りしてヴィパッサナーを数時間、ともに行って帰ったのであった。ヴィパッサナーは自主瞑想なので、自分のペースで座り、立ち、歩く。ひたすら自分の呼吸、自分の動作に気づいているということである。話はもちろん一切しない。

議論や教義の違いはあっても、「今ここ」への気づきを練るという実践の場では、同じ時間を共有できる。言葉を超えた、実践者の深い共感は、ほっこりとした温かい気持ちになる。理論ではなく、体験こそが真の理解をもたらす。

「私はOshoの弟子」「私はブッダの弟子」というラベルを、呼吸とともに、静かに手放している。