【③スマナサーラ長老外伝】2025.11.10
スマナサーラ長老はその後、駒沢大学の博士課程での学位取得を断念し、スリランカに帰国することになったと聞いた。
道元の文章などは日本人でも難解中の難解だ。
たとえば、次のような文がわかる方などいるだろうか。
「見取すべからず。しるべし、薪は薪の法位に住して、さきありのちあり、前後ありといへども、前後際断 せり。灰は灰の法位にありて、のちあり、さきあり。」(正法眼蔵「現成公案」の巻)
ましてや、そのために大学で文献を調べるだけでも大変なことである。カードに漢字で書く。該当する箇所を読む。それをもとにまた日本語で文章を書く。
よくぞ頑張られたと思った。指導教官の奈良康明先生に伺っても、「あんなに優秀な方が本当に残念でなりません」とおっしゃっていた。
⦿---------------------------------------
そして一年後、友だちと十二社(じゅうにそう)でお茶を飲んでいると、向こうから派手な衣を着たお坊さんがやって来た。スーツケースを転がしながら。
「あ、スマナサーラ長老だ」
思わず駆け寄って立ち話をした。
「今、ここのホテルに滞在しているんです。少しお話しませんか」
ということで、お話を伺うことになった。
その時の説法の内容はよく覚えていないけれど、「サティ」についてのことであった。
⦿---------------------------------------
池谷さん、念仏とか念じるという言葉がありますね。仏教には「四念処」という言葉があります。
その〝念〟というのは「今ここに気づく」ということなんですよ。
「今ここで起こっている現実を微細に観察する実践」がブッダの教えなんですよ。
念というと、「念ずる」「念力」のように、何かに集中していくというふうに思っていた。
念の項目を辞書で引くと、ほとんどの学者が「記憶して忘れない」「記憶修習」と説明していた。あるいはエッセンスを忘れずに保っている(憶持不忘:おくじふもう)。それが当時の仏教界の、いわば常識であった。
⦿---------------------------------------
そうではなくて、もともとの意味は「いまここに気づくこと」。それが念である。それが、パーリ語の〝サティ〟の訳なのである。
そして、「いまここ」とは、呼吸、自分の動作、感情の消滅、それらを微細に緻密に観察していくこと。それがブッダの教えである、ということを教えていただいた。
スマナサーラ長老は、現代日本に「本物の初期仏教」を蘇らせた、生きる伝説ともいえるなあと、その時の再会を思い出している。もう30年も前のことになるが。
(注)三十七道品(菩提分法)の最初のグループを成す4つの念(マインドフルネス)の基盤す。パーリ語で「cattāro satipaṭṭhānā」(チャッターロー・サティパッターナー)と呼ばれ、サンスクリット語では「smṛtyupasthāna」。マインドフルネス瞑想の原点ともされ、ヴィパッサナー(観察瞑想)の中核。
ブッダは、これを「唯一の道(ekāyano maggo)」と呼び、苦しみの克服、貪り・憂いの除去、五蓋(瞑想の障害)の捨断に直結すると説いた。
原始経典の『サティパッターナ・スッタ』(四念処経、Majjhima Nikāya 10)や『マハーサティパッターナ・スッタ』(大念処経、Dīgha Nikāya 22)では、詳細に実践法が説明されている。(続く)