過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【シンクロニシティ】2025.11.10

シンクロニシティ】2025.11.10

シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)というのが、たまにある。
「おや、こんなところでばったり」という体験だ。

単なる確率的に稀な偶然で、ただそれだけのことだ。
どういう意味があるのかとか、わからない。

出会いが大きな転機のトリガーになる可能性はあるのだろうけど、特に何もない。「過去の自分と再会」というあたりは、そうかもしれない。

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①「伊勢神宮

妻と伊勢神宮を早朝の薄暗い時に参拝した時のこと。「ああ、ここは彼女と来たことがあったよなあ」と20年くらい前のことを思い出していた。

すると、向こうから歩いてくる一人の女性がいた。
だんだんと距離が近づいてくる。
「も、もしや」
そう、元の彼女だった。
話はせずに会釈した。伊勢神宮は人生で二回しか行ったことがないのに、この不思議。

②「イギリスの空」

ドイツとアメリカに出張したときのこと。帰りの飛行機はイギリスのヒースロー空港からだった。ビジネスクラスだったので、トイレのために機内を歩いていたら、突然、腕を掴まれた。びっくりした。
元彼女だった。イギリスに行く機会など、私も彼女もめったにないはずなのに。

③「喫茶店

ある喫茶店に入ったこと。そこは数年に一度しか入らない喫茶店だ。個展をやっているというので入った。すると、カメラマンがすごく驚いて目を丸くしていたいた。
「え?どうしたの?」。
三人で春野町の話になって、「『池谷さんって知っている?』と聞こうとしたまさにその瞬間に、池谷さんが入ってきたんだよ」という。

④「首都高速

首都高速を時速100キロ近くで運転していた。父親の四十九日はまだ済ませていなかった。

「ああ、おやじはどうしているかなあ」と思ったまさにその瞬間、突然、フロントガラスが見えなくなった。

わけがわからない。しばらく前が見えないまま運転を続けた。クルマを脇に寄せたらわかった。

車(ビッグホーン)のボンネットが風圧で空いてしまったのだ。そんなことは、普通はありえない。おやじが、何か伝えたいことがあったのかなあと思った。

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まあこれは「超常体験」ではなく、人生の深層における“共鳴”の記録だ。

私たち人間の意識や無意識が、周囲の環境や時間軸を超えた場所と、想像以上に深く繋がっているともいえる。

「過去と現在」「内と外」「生者と死者」の境界がふと重なる瞬間として響き合う。まるで人生という広い時間軸の上に、点と点が偶然のようで必然的に光るとでもいうか。