【①心霊科学】2025.11.9
「心霊科学研究所」は、浅野和三郎(あさの わさぶろう、1874-1937)が設立した。
浅野は日本のスピリチュアリズム(心霊主義)の先駆者で、英文学者としても知られ、海軍機関学校の教授を務めていた。
彼は心霊現象を科学的に研究しようと試みた。同研究所は、心霊現象(霊魂、死後生存、超常現象など)を科学的に検証することを目的に活動している。本部は東京都新宿区に置き、内閣府所管の公益財団法人である。
「心霊」とは「霊魂に関すること」を指す。英語では spirit や soul に相当し、死後も存続する人間の霊魂とその科学的証明を探求する分野と言える。
「死んだ人の霊魂がこの世界にまだ影響を及ぼしている」という日本人の根深い価値観や思いを、科学的に探求しようとするものである。
浅野和三郎は大本教の重要幹部だった時期があり、心霊研究の原点は大本教と出口王仁三郎にある。きっかけは三男の病気が女行者の祈祷で癒えた体験から心霊に目覚め、海軍機関学校教授を退官したことだった。
「当時最も実践的な心霊研究をしていた教団」として大本に入信。大本の「鎮魂帰神法」(神憑り)を実見し、心霊現象の実在を確信した。その後、出口王仁三郎の「大正維新論」を解説する論ールとしても活躍している。
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私の友人は20代のころから「頭痛持ち」で、いつも頭痛に悩まされていた。
あるとき「心霊科学研究所」に相談に行くと、頭痛の話をしていないのに、霊能者から「麿呂も頭が痛かった」と言われたという。
「麿呂」などという言葉は平安時代の響きがあり、長い先祖霊のカルマなのかもしれない。彼はその頭痛が原因で大学を退学し、さまざまな瞑想やスピリチュアルな世界を渡り歩き、最終的にインドのOshoの世界にたどり着いた。
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私自身、霊能者による「査霊」(背後霊が何を言っているかを見てくれる)を受けたことがある。そのとき、次のようなことを言われた。
「あなたは不用心にいろんなところに行きすぎです。石橋を叩いて渡るようにしないと、せっかくの先祖の徳を潰してしまいますよ」
別の日には、「山と川と温泉」というイメージが出てきた。そこに暮らすのがよいということらしい。結果的に浜松市春野町(現在の天竜区春野町)に移住することになったが、残念ながら「温泉」はなかった。
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私は、いろいろな霊を拾い集めてしまう傾向があるらしい(自分ではまったく自覚がない)。
先輩のOさんを訪ねると、その奥さんは霊的感性が強く、私が訪ねるたびに頭が痛くなるという。「池谷さんはいろんな霊を拾ってくるから、家に来ないでほしい」と言われた。でも私にはまったくわからないので、どうしようもない。
あるとき、奥さんが留守のときにOさんを訪ねた。話をしていると奥さんから電話がかかってきて、次のような会話があった。
「今、頭が痛いの。そこに誰かいるんじゃない?」
「ああ、池谷さんが来ているよ」
「ああ、やっぱり。何か霊を拾ってきてるんだよ」そのとき私は東京から浜松に来る途中、中央道から御殿場に抜ける道で車がパンクし、修理交換した。そこが自殺の名所である富士の樹海の近くだった。
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これは全く科学的な話ではないので、何とも言えない。
ともあれ、そういうことを感知する人がいるということだ。心理学的に言えば、自分の統合されていない自我やサブパーソナリティ、抑圧された自我がシャドウとして投影されているとも考えられる。
つまり、悪霊を感知しているのではなく、自分の中のシャドウを見ている可能性もある。このあたりはよくわからない。ユング心理学も含めて、今後の課題である。日本的スピリチュアリズムの系譜と、その個人的余波ってところかな。