過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【③死んだらおしまい、ではなかった】2025.11.4

【③死んだらおしまい、ではなかった】2025.11.4

こうして大島さんは故人の霊を実感していったのだが、いまだ『確信』するまでには至らなかった。そして、七八九人目にあたる方の葬儀が、霊が実在するという確信を得る糸口となった。

その方は、二十八歳の独身女性で、死因は自殺。葬儀は、自殺ということで、ごく内々のものだった。自殺となると、何か深い悩みがあって人生に行き詰まってのことだと思われる。故人は、さぞや深い悲しみや憂いに沈んでいることだろうと想像されます。ところがこの方は、様子がそれとは違った。いつものように、先入観をもたないために、故人については何も聞かないで読経に入った。読経が進んでいくうちに、やがて「本人」を感じることができた。

──どういう状態でしたか?

二十八歳の女性にしてはどうも様子がおかしいのです。十二、三歳の女の子がニコニコ笑っているようなのです。
これは変だ。それまで八百人近くの「本人」を実感した私の記憶に該当するものがない。
年齢は十二、三歳だろうか?いや、もしかして知恵遅れの子供かもしれない。しかし、知恵遅れの場合には三、四歳から五、六歳の感じでなければおかしい。とすれば、自殺というのはありえないし……。納得のできる答えはなかった。

もしかして今日まで私が感じてきた「本人」というのは、すべて私の思い込みや錯誤であったのかもしれない。しかし、今までのケースは遺族の確認も得ていることが多かった。間違いもほぼなかったのだが……。いったい、どういうことなんだろう。

通夜の席での法話を終えて、控え室に戻って着替えをすますと、喪主である母親が挨拶に来られた。大島さんは、こう聞いた。
「二十八歳の方とお聞きしましたが、私が読経していると十二、三歳の子供が笑っているように感じたのですが……」

するとその母親は驚いた表情で、「よくおわかりになりましたね……」とつぶやいた。「娘は、十七歳の時にシンナー遊びを始めて中毒になり、さらには覚醒剤にまで手を伸ばすようになりました。ついには廃人のようになり、小学校高学年程度のことしかできなくなってしまったのです。そして、ふざけて首吊りの真似をして遊んでいるうちに亡くなったのです」

なるほど、それで合点がいきました。年齢は二十八歳でありながらも、私の感じた「本人」のとおり、事実は精神年齢が十二、三歳だったのです。この経験によって、私は霊についての確信を深めたのです。(続く)