【②古武道 甲野善紀】2025.11.1
多摩の道場を訪ね、武術の極意について聞いてみた。
「ねじらない、うねらない、ためない」
それが答えであった。
「『ねじったり、うねったり、ためたり』したほうが、威力が出るように思える。しかし、実はそれがブレーキになります。
『ねじり』や『うねり』の動きは、筋肉や骨、関節へと動きを伝えていく過程で時間がかかる。ドミノ倒しのようにパタパタと次々に動きが伝わるため、当然、時間差が生じて動きは遅くなるんです。
瞬時に体をかわして相手を抜くとき、『ため』をつくると、『あっ、来るぞ』という気配を悟られてしまう。
ねじったり、うねったり、ためたりすると、マグロのような大型魚の動きになる。それよりも、鰯の大群のように、無数の小魚が一瞬で方向を変えるような動き。それが大切なのです。」
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「では、『ねじり』も『うねり』も『ため』もつくらないで、どうして速さや威力が出せるのですか？」と尋ねた。
答えはこうだった。
「これは体感しないと難しいのですが、車が衝突したとき、車内の物がバーンと前方に飛び出すでしょう。あるいは、ダムの水門を開けた瞬間、どっと水が流れ出る。あの原理と同じです」
「スポーツでは、『威力』『速さ』『器用さ』の三つが求められる。威力を出そうと筋力トレーニングをすると、器用さと速さは失われる。器用さと速さを求めると、今度は威力がなくなります。」
「実は『威力』と『速さ』と『器用さ』は、同じものが形を変えたものに過ぎないのです」
『体を細かく割る』ことによって、この三つが同時に備わってくるのです」
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さて、難しい。「体を細かく割る」とは何か？
「一つ一つの筋肉や関節の動きを、微細に、部分部分でコントロールすること。
つまり、小魚の群れのようになることです。群れの一匹一匹は独立しているから、瞬時に動きを変えられるんです。」
「何かを持ち上げるとき、腕だけを使おうとすることがあります。しかし、体が細かく割れていると、身体の各部が総動員されまい。体全体を使ってもち上げられるため、重いものでもいとも簡単に持ち上げることができるわけです。」
「太陽光をレンズで一点に集めれば燃え上がるほどの熱が生じるように、力をピンポイントに集めれば威力となる。そこに方向性を持たせれば速さになる。細かい情報の組み合わせによって器用さが生まれない。
いかに細かく体を割り、いかに操作するか。そこに武術の極意があります。」
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「では、そのためには反復練習が必要なのでしょうか？」と聞いた。
「反復練習というのは、身体にとっては最低の修得の仕方です。練習がノルマとなり、感じたり考えることをしなくなるからです」
「二時間やると決めて義務感で稽古を続ければ、かえって感覚を鈍らせてしまう。身体の感覚を探求するのと、形を身につけるためにマニュアルをこなすのとでは、雲泥の差があります」
「大切なのは、みずみずしい感性で体感を研ぎ澄ませていくことです。研ぎ澄ませていくうちに、あるとき、それまでとは全く質の異なる新しい身体の動きが突然訪れるのです」
「だから私は、技の中に固定的な『基本』というものをつくりません。絶えず『基本とは何か』を探求し続けています」
「いつも『これでいい』とは決して納得しない。だから、稽古は常にライブなのです。毎回毎回、これまで得た情報を検証し、どうすればより良くなるかを試す実験の場です」
「いつも『これでいいのだろうか』と、薄氷を踏む思いでいる。気持ちが集中し、張り合いの出る方向へ向かっているか。それを手がかりに、手探り足探りで進んでいます」
「一か月前の動きは、もう古い。自分自身に進展がなければ、人を教える情熱も湧いてきません」
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効率化・マニュアル化・反復学習が重視される現代社会において、「毎回がライブ」「薄氷を踏む思い」で探求するその姿勢は、創造性や革新性の本質を衝いている。
実際に驚異的な身体能力を発揮する人物の実践から語られる言葉には、説得力がある。これは単なる武術の技術論ではなく、人間の可能性そのものを問い直す、極めて哲学的な「身体論」であると思った。
※「私の精神世界・宗教体験史」の執筆のためにペースメーカーとして投稿しています。甲野善紀さんの話は、宗教ではないし、精神世界とはいいがたいけれでも、身体性のすごい基本を言っておられると思い投稿した。
