過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【④スマナサーラ長老の自伝発刊】2025.10.29

【④スマナサーラ長老の自伝発刊】2025.10.29

クラウドファンディングの方には、スマナサーラ長老と池谷の対談が配信されます。こちらはそのほんの一部。

〈死ぬ瞬間の心〉

話者: 死ぬ瞬間の心が大事だと教えられますが、どうしたら「いい心」で死ねるのでしょうか?

長老: 死ぬ時は、誰でもふっと消えるように逝く。
病気で苦しいのは手当てで対処できるけれど、死ぬ瞬間には痛みも全部消える。
死ぬ瞬間そのものは苦しくないんです。
明るく、優しい心でいればそれでいい。

ただ、死ぬ瞬間は自己管理できません。
「柔らかな心で死のう」と思っても、その時は朦朧としていて管理できない。
だから、前もって準備しておく。
いつ死んでも大丈夫な心の状態にしておくことです。

死ぬ時は手放すだけ。
普段から心を柔らかくしておく。嫉妬や怒り、落ち込みに時間を使わない。
許すこと。執着や愛着を減らすこと。――それがいい準備なんです。

生老病死の流れの中で〉

池谷: 私は病気だと派手に宣伝していますけれど(笑)、そのおかげでみんな心配してくれる。
線維化が進んだ間質性肺炎は、平均余命が3年ともいわれ、最も苦しい病だと医師から言われました。
どのデータを見ても平均3年。私の線維化も進んでいるから、あと1年か、あるいは3か月かもしれない。
それでも、怖いとは思わない。
病気だとオープンにしているから、いろんな人が励ましてくれる。
「10歳の娘さんがいるんだから、あと10年は生きて!」とか(笑)。
人の心配やアドバイスがエネルギーになっている。煩わしい時もあるけど、ありがたいですね。

でも、結局みんな病気なんですよね、人間って。
3か月後に死ぬかもしれないけど、後悔も心配もあまりない。
やることはたくさんあります。片付けてもキリがない。
物がいっぱいあって(笑)、心配してもしょうがない。あとに残る人は困るだろうけど。

長老: 死ぬ前に「片付けなきゃ」と思っても、死は誰にも管理できません。
片付く前に死ぬかもしれないし、片付け終わっても死なない場合もある。
私もね、1〜2か月で死ぬと思って、いろいろ片付けて、お金も配っちゃったけど……まだ死んでない(笑)。