過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【すべての出来事には時がある】2025.9.1

【すべての出来事には時がある】2025.9.1
おとうちゃんがいつもあかり(10歳)に言うのは、
「人生はこの一瞬しかない」
「自分で選んで自分で決める」
「好きなものを見つけ、それを深めて技として身につけ、それで暮らせるようになること」
そんな話をよくしている。同世代の子どもとのやり取りをみていると、あかりもずいぶん大人になってきた気がする。妙に盛り上がって喜んだりもせず、フツーに落ち着いていて、腹が据わっている感じがしてきた。
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おとうちゃんの場合、人の評価を気にして、それに左右されて生きてきた人生だったからなぁ。人の評価を気にして生きていたら、日々を生き生きと冒険できなかったよ。
試験勉強のための学びがメインだったから、知識が本当の意味で身につかなかった。一番大事な「自分の頭で考える」ってことをしてこなかった。とくに、仏教、とくに日蓮の信仰と教義的な学びが頭を固くしていた。
「寄らば大樹の陰」で、一流企業に入れば安定して安心だと思い込んでいた。「サラリーマン脳」「奴隷脳」だった。だから、自分の好きなことを見つけられなかったし、見つけたとしても飛び込めなかった。
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それでも、30代後半で会社を辞めてフリーになったので、否応なくチャレンジせざるを得ない人生になった。
そうなると、「盲蛇に怖じず」の時代になった。そのおかげで、豊かな体験とネットワークが得られたように思う。
人生にはそれぞれ「時」があるんだなと思う。
時が来れば何かが起きる、と。
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そんなことを考えていたら、『旧約聖書』の「伝道の書」がふっと浮かんできた。
「すべての事には定まった時があり、天の下のすべての出来事には時がある」(『伝道の書』3:1、新共同訳)
聖書には続いて、こんな「時」が示されている。
生まれる時、死ぬ時
植える時、植えたものを抜く時
殺す時、癒す時
壊す時、建てる時
泣く時、笑う時
嘆く時、踊る時
石を投げる時、石を集める時
抱く時、抱くことをやめる時
求める時、失う時
保つ時、投げ捨てる時
裂く時、縫う時
黙する時、語る時
愛する時、憎む時
戦う時、平和の時
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『有時』
一瞬即人生
自選自決行
深技以活
萬事皆有時
「書き下し文」
一瞬は即ち人生
自ら選び自ら決し行う
技を深めて以て活く
萬事(ばんじ)皆(みな)時あり