過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

【行為そのものに徹する 動詞で生きる】2025.9.1

【行為そのものに徹する 動詞で生きる】2025.9.1

出版社の契約書に署名した。住所が変わったり、事務所を移したりで、半年以上も放置していたことになる。友人に手紙を書いた。とりあえず、こうして一つひとつ進めているのだが。

手紙一つ書くのも大仕事だ。あれがない、これがない。切手がない。ああ、字を間違えた。ああ、疲れた。ごろん。

さて、この状態をどうするか。しばらく寝てから動くしかないのだが。

 ▽

今、試していることがある。

それは、どんなことも「動詞で生きる」「動詞で実況中継する」ということだ。

たとえば「手を上げる」とする。

「私が」「私の手を」上げているのだが、「上げる、上げる」と確認するだけ。

そこに「私が」「私の手」という意識を入れない。また「目的」も置かない。もちろん目的があるので動くのだが、細かな行為一つ一つに徹してみようとしている。

つまり、動詞だけで確認していく。これを今、実践しているところだ。

 ▽

ちゃんとやっていくと、物事がスムーズに進むように感じる。なかなかすごい力を発揮するようだ。パフォーマンスも向上している気がする。

なぜか、それはおそらく、「我が入らなくなる」からだと思う。「我が入らなくなる」とどうしてパフォーマンスが向上するのか、スムースにいくのか。

このあたりは、まだ探求中だ。

万象在動
措我就行
念起即行
無為而暢

万象は動に在り
我を措きて行に就く
念起これば即ち行う
無為にして暢かなり