【行為そのものに徹する 動詞で生きる】2025.9.1
出版社の契約書に署名した。住所が変わったり、事務所を移したりで、半年以上も放置していたことになる。友人に手紙を書いた。とりあえず、こうして一つひとつ進めているのだが。
手紙一つ書くのも大仕事だ。あれがない、これがない。切手がない。ああ、字を間違えた。ああ、疲れた。ごろん。
さて、この状態をどうするか。しばらく寝てから動くしかないのだが。
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今、試していることがある。
それは、どんなことも「動詞で生きる」「動詞で実況中継する」ということだ。
たとえば「手を上げる」とする。
「私が」「私の手を」上げているのだが、「上げる、上げる」と確認するだけ。
そこに「私が」「私の手」という意識を入れない。また「目的」も置かない。もちろん目的があるので動くのだが、細かな行為一つ一つに徹してみようとしている。
つまり、動詞だけで確認していく。これを今、実践しているところだ。
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ちゃんとやっていくと、物事がスムーズに進むように感じる。なかなかすごい力を発揮するようだ。パフォーマンスも向上している気がする。
なぜか、それはおそらく、「我が入らなくなる」からだと思う。「我が入らなくなる」とどうしてパフォーマンスが向上するのか、スムースにいくのか。
このあたりは、まだ探求中だ。
万象在動
措我就行
念起即行
無為而暢
万象は動に在り
我を措きて行に就く
念起これば即ち行う
無為にして暢かなり