【今という現実に直面せざるを得ない生き方】2025.8.22
涅槃や悟りを求めているわけではない。目標を持った修行でもない。
今という現実のリアリティーに直面せざるを得ない生き方である。
まあ、そのことがもしかしたら悟りに結びつくのかもしれないが、そこは目標ではない。
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いろいろ実践していくと、何らかの効果は出てくるものだ。
例えば、今日、甘酒(乾燥麹で自分で作ったもの)に豆乳を混ぜて食事にしようとした。ところが、冷蔵庫から取り出すときに、タッパーに入れた甘酒をうっかりひっくり返してしまった。
せっかくの甘酒が食べられない。廊下は甘酒でぐちゃぐちゃだ。「残念だな」ということになったのだが、「ああ、甘酒がダメになったね」「これは雑巾で拭くしかないね」と冷静である。
雑巾を取り、水で濡らして絞り、拭き始める。手で拭くと体力をかなり使うのでしんどい。そこで、足で雑巾を動かして拭いた。右足、左足、左足と、雑巾がけを続けた。そして、雑巾をすすいでまた足で拭く。ある程度きれいになったので、「明日また仕上げをすればいいや」と考えた。
そんな感じで、「うわっ、大変!」とパニックに陥ることはなかった。
「大変だ、どうしよう」というときこそ、客観的に状況を観察し、客観的に行動を確認するようなことができるようになってきた気がする。
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「現実偈」(げんじつげ)
不求涅槃悟(涅槃や悟りを求めず)
非為目標修(目標としたる修行にあらず)
直面現実界(現実の界に直面するは)
或通涅槃途(或いは涅槃に通ずるも途ならん)
甘酒廊下覆(甘酒 廊下に覆わる)
雑巾拭足歩(雑巾 拭いて足歩む)
無有驚慌(驚慌有ること無し)
観察行動確(観察し 行動を確かにす)