【瞬間を生きる実践と無常の智慧】2025.8.8
「ブッダがこう言っている」とか、「パーリ経典にこうある」とか、「イエスがこう説いていた」とか、あるいは「日蓮がこう書いている」とか、そういう世界に深入りするのはとても好きだったが、もうやめた。
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プラグマティズムと言ったらいいか。
現実に暮らしや生き方に役立つかどうか。心が豊かになるかどうか。ストレスや執着がなく、やるべきことをきちんとできるかどうか。そういう観点から、哲学や宗教を見ている。
病を得た中で実践を続けていく。つまるところ、瞬間瞬間に生きること、生きることに集中することだ。
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そのありようから哲学や宗教を読み進めていくと、あらためてブッダの教えが響いてくる。
私にとってその教えを最もわかりやすく伝えてくださったのは、スマナサーラ長老だった。
実際に行ってみると、確かに変化が訪れる。信仰ではない。むしろ観察、洞察、気づきの世界。
やはり仏教は奥深いものがあると感じる。
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病を得る前に、こうした世界がわかっていたらよかったと思う。あるいは、この病が治り、いろいろ活躍したいという気持ちもある。
しかし、さまざまなことがあり、数々の失敗や恥ずかしい出来事、思い込みや軋轢を経て、いまの自分がいる。病を得て学びが深くなったこともある。
すべては流れてゆく。ものごとは変化していく。条件も変わる。自分の心もまた変化していく。変化に応じて生きていく。そんなところにいる。