【「自分の頭を編む:文章とAIの対話で生まれるもの」】2025.8.3
昔は文章を書くというと、原稿用紙に向かって書いていた。あるいはメモ用紙に向かって書くにしても、なかなかストレスフルな仕事だった。
やがてワープロができた(私が30の時100万円した)、パソコンができた(私が30の時。一千万円近くした)。
ともあれ、文章の「とっかかり」は楽になってきた。なにごとも「とっかかり」がないと進まない。そこが大きなハードルだった。
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そしていまや「音声入力」の精度が上がってからは、そのハードルは低くなってきた。寝ながらでも、散歩しながらでも、運転しながらでもiPhoneで音声で文章を書くことができる。
そして、AIの進化である。メモ程度の乱雑な文章でも、AIに「校正せよ」と指示すれば、それなりにすんなりまとめてくれる。
AIに「感想はどうですか?」と聞く。「この箇所に深い共感を持ちます」「この事例ははもっと暮らしの中の具体れがあると説得力をもちます」「この箇所は不自然です、冗長です」など、第三者の目で指摘してくれる。
そのことで、文章の「独りよがり」を抑えられることになる。いわば「名秘書」や「名編集者」がいつもそばにいるようなものだ。
AIに感想をもらいながら、「なるほどそうだなあ」と思ってまた文に手を入れる。そしてまた、AIに校正させる。すると、だいたいでき上がる。まあしかし、キリがないので、あとは「見切り千両」である。
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文章を書くのは、他人にメッセージを発するのが主な目的だろうが、私の場合、メインは頭の中身を整理することにある。次々と浮かんでくる思いや言葉を編集しながら書いていく作業でもある。
「この話は陳腐なものだけれど、この角度から見たら斬新で面白いな」
「自分の実体験をさらして、〝こいつ、バカだ、笑っちゃうよね〟というところから書いてみようか」とか、いろいろ実験するのも楽しい。
「このデータや文献を根拠にするとこうなる」という論理展開なども、試してみたい。
また、「一言で言えばどういうことか」「わかりやすく三点にまとめたらどうか」を意識して書いている。
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書いていると、当初の考えと異なった発想がひらめいたり、思わぬところから自分が見えてきたりする。その発見も楽しい。
このように文章を毎日書いて投稿するのは、日々の訓練という意味もあるが、自分の身についた習慣になっているからだ。どんなに疲れてもお腹が減っても、酒飲みが毎日酒を飲むように、書かないではいられない。ともあれ、書くことが好きなのだ。
その意味で、SNSは発信する場であり、読んでくれる方がいて、コメントもいただける。やりとりを通してまた新しい発見がある。ネットワークも広がる。実にありがたいツールである。
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ちなみに、タイトルもAIに聞く。この文を読ませると、次のようにタイトル案を出してきた。
「書くのが好きだ! AIと音声入力で変わる文章ライフ」
「頭の中を整理する:書く楽しさとAIの名秘書」
「毎日書く、発見する:AIと一緒に紡ぐ言葉」
「書くって、自由だ:音声入力とAIで変わる創作の喜び」
「自分の頭を編む:文章とAIの対話で生まれるもの」